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歴史

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1835年〜1957年

1835(天保6)年

大森屋治右衛門(初代瀧井治三郎)、優良種苗の分譲開始、種苗業の創始

1851(嘉永4)年
種子の生産を始め、有償分譲を開始、本格的種苗業スタート
種治本店の木製看板種治本店看板
1880(明治13)年
大森屋治右衛門逝去。
二代目治三郎、家業「種治本店」を継承
明治時代の旧店舗明治時代の店舗
1905(明治38)年
種苗目録(カタログ)による通信販売をスタート
タキイ種苗目録 大正16年春季号タキイ種苗目録
大正16年春季号
(1926年大正15年
秋発行)
1906(明治39)年
二代目治三郎逝去。
三代目治三郎、家業を継承
長岡研究農場で自ら選抜を行う瀧井治三郎社長瀧井治三郎社長
1920(大正9)年
株式会社瀧井治三郎商店を設立(社長・瀧井治三郎、資本金15万円)
株式会社瀧井治三郎商店の看板
1926(大正15)年
タキイ種苗株式会社に社名を変更
タキイ種苗株式会社の看板
1935(昭和10)年
長岡実験農場(のちの長岡研究農場)を開設
(京都府乙訓郡新神足村〈現・長岡京市〉)
長岡研究農場の事務所長岡研究農場事務所
1937(昭和12)年
釜山府に朝鮮出張所を設置、奉天(現・瀋陽)に満州瀧井種苗株式会社、上海に上海瀧井種苗公司を設立
1941(昭和16)年
朝鮮タキイ種苗株式会社を設立(朝鮮京城府)

東京出張所を開設(神田鍛冶町)

朝鮮タキイ種苗での野菜品評会朝鮮タキイ種苗での
野菜品評会
1942(昭和17)年
長岡研究農場より育種技術を記した『園芸と育種』(月刊誌)を創刊
長岡研究農場の機関誌『園芸と育種』創刊号「園芸と育種」創刊号
1946(昭和21)年
河原町売店を開設(京都市下京区)
1951年当時の河原町売店河原町売店
1947(昭和22)年
長岡研究農場に付属園芸講習所を開設
長岡研究農場での作業長岡研究農場での作業
1948(昭和23)年
長岡交配トマト「福寿一号」「福寿二号」を発表、民間企業として交配種販売の先鞭をつける
長岡交配「福寿二号」トマト「福寿二号」
1949(昭和24)年
初めてのF1キュウリ、長岡交配「長型節成」と「半白節成」を発表
1950(昭和25)年
世界初の自家不和合性利用によるアブラナ科野菜のF1品種、長岡交配「一号甘藍」と「一号白菜」を発表
長岡交配「一号甘藍」「一号甘藍」
1951(昭和26)年
「タキイ友の会」結成、友の会機関誌『園芸新知識』を創刊
長岡交配「一号甘藍」がオール・アメリカ・セレクションズで銅賞を受賞(A.A.S.初入賞)
『園芸新知識』創刊号「園芸新知識」創刊号
1953(昭和28)年
札幌駐在所(現・北海道支店)を開設(札幌市)
1960年当時の札幌店札幌店