品種ピックアップ

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2021/7/20掲載

「品種プレイバック」
F1ニンジン「向陽二号」編

ニンジンの代表品種、春夏兼用種の「向陽二号」。

「向陽二号」は、発売から30年以上の長きにわたり、生産者にも消費者にも親しまれ続けている品種です。現在、タキイのニンジンにおいて確固たる地位を確立している「向陽二号」ですが、その誕生までには長い道のりがありました。今回はその経緯を振り返ってみたいと思います。

日本初のF1ニンジンを作り出せ

ニンジンは1600年ごろ、戦国時代に中国からシルクロードを経て、日本に伝来したといわれています。当時は食べると血行をよくする薬用(東洋ニンジン)として重用されていました。その後、明治時代に欧米から西洋ニンジンが導入されると、食生活の大きな変化もあり、次第に日常の食卓に取り入れられていきました。

ニンジンの本格的な栽培がはじまり各地で改良が進められると、土が軽く深い産地では長根品種が、春まきする北海道や栽培が容易な暖地では短根品種が普及し、それぞれの地域で特色ある品種が栽培されるようになりました。しかし、これら一般種のニンジンは色付きがよい、太りがよいなど特長をもつ一方で、先が尖っている、サイズがバラバラでそろい性が悪いといった点で市場での商品価値が低くなり、生産者を悩ませていました。そのため良質多収、栽培しやすいF1品種の育成が望まれていました。

日本で古くから栽培されていたニンジン(青軸晩生金時人参)。

日本で古くから栽培されていたニンジン(青軸晩生金時人参)。

幻の名品種!?F1ニンジン「向陽五寸」の誕生

1965年(昭和40年)に発表された国内初のニンジンF1品種「向陽五寸」。

1965年(昭和40年)に発表された国内初のF1ニンジン「向陽五寸」。

1965年(昭和40年)国内初のF1ニンジン「向陽五寸」が発表されると、一般種にはないそろいのよさで一躍、注目品種となりました。またそろい性のよさだけでなく、「強勢で太りが早い」「クズが少なく肌色は鮮紅色で心部までよく着色する」「肉質・食味とも良好など」多くの利点を兼ね備え、全国の産地から問い合わせや注文が舞い込みました。しかし「向陽五寸」は種子の安定供給が難しく、需要はありつつも商品を供給できない事態に陥り「幻の名品種」となりました。その後、種子の安定供給をはかるため、タキイは採種方法を大きく転換していくことになります。

ニンジン採種の舞台裏…技師たちの執念(国内から海外へ)

ニンジンは他の野菜に比べ採種が難しく、日本各地の作場で採種を試みましたがタネ自体はとれても、いいものがとれないという状況でした。ニンジン採種に適する雨の少ない作場で試作が繰り返しましたが、思うような結果はでませんでした。

そこで国内ではなく、海外での作場探しが始まります。イタリア、インド、南アフリカなどで試験採種が行われ、採種農家への技術指導、作場の管理など基本的なところから、種子の安定供給に向けての取り組みがスタートしました。これまで主に国内で行われてきた採種を海外で行うことは、タキイにとって大きな挑戦でした。

タネの収穫が梅雨時期と重なる国内では、思うように採種できなかった。

タネの収穫が梅雨時期と重なる国内では、思うように採種できなかった。

チリのニンジン採種圃場。

チリのニンジン採種圃場。

20年の月日を経て…待望の新品種「向陽二号」が誕生

採種地の開拓と採種技術の確立が行われる中、それと並行して新たなF1ニンジンの育成も進められていました。それは「向陽五寸」の特性をさらに強化した改良品種「向陽二号」でした。
「向陽二号」は、晩抽・早太りで良質多収、黒葉枯れ病や根腐れ病にも強く根割れが少ない、などの点が高く評価され、1984年全日本そ菜原種審査会・春まき五寸ニンジンの部で1等特別賞に輝き、農林水産大臣賞を受賞しました。1985年(昭和60年)に限定販売したところ、生産者、市場からの人気は高く、1992年(平成4年)に正式販売となりました。

全日本そ菜原種審査会・春まき五寸ニンジンの部で一等特別賞に輝き、農林水産大臣賞を受賞(1984年度)。

全日本そ菜原種審査会・春まき五寸ニンジンの部で一等特別賞に輝き、農林水産大臣賞を受賞(1984年度)。

そろいがよく、作型、土壌条件を選ばない栽培の安定性が高く評価されている。

そろいがよく、作型、土壌条件を選ばない栽培の安定性が高く評価されている。

発売と同時に売り切れ続出の大人気品種に

正式販売がスタートすると全国の大型産地から注文が殺到するようになりました。一時は品薄状態となりましたが、チリでの採種量が安定したことから供給面も整い、その人気は不動のものとなりました。そして正式発売からわずか1年後の1993年(平成5年)には国内シェアの70パーセントを占めるまでになりました。
販売開始後、30年以上を経た現在でも売れ続ける「向陽二号」ですが、このようなロングセラー品種になった背景には、生産者はもちろん、市場や消費者に至るまで、各方面からの圧倒的な支持があったからです。食味についてもニンジン特有の匂いが少ないため、ニンジン嫌いだった子供がニンジンを食べるようになったなど、学校給食でも採用が増えそれまで嫌いな野菜上位の常連だったニンジンが、一転好きな野菜に変わっていったのです。

生産者からみた人気の秘密〜産地の声〜

ニンジン栽培における上作のカギは、上手な発芽と順調な初期生育です。しかしニンジンは元来、発芽率が低く、初期生育も遅いせいで、栽培のスタートでつまずくことが多く、それが後の作柄に非常に影響を及ぼし生産者を悩ませていました。
「向陽二号」は種子をコーティング(ペレット加工)することで、発芽率を向上させ初期生育を促すことに成功しました。ペレット種子は、高価でしたが、種子量を少なくでき間引きの手間も省け、農業の機械化に対応できると注目を集め、導入を決める産地が続出しました。また、葉が強く太い形質は大型産地で行われる機械収穫にもその優位性を発揮。共同出荷場の洗浄機にかけても傷つきにくく、選別作業や箱詰めが容易な「向陽二号」は、出荷の省力化にも大きく貢献しました。
北海道の大型産地では抽苔しやすく早まき(4月)できない問題がありましたが、ベタがけ資材(テクテク)で被覆することで地温の影響を少なくして抽苔を防ぎ、発芽そろい、形質、肥料吸収率も改善させるなど、新しい栽培法も導入されました。
このようにペレット種子の普及や産地の機械化、ベタがけ資材の活用など、「向陽二号」の普及とともに採種や生産現場に大きな変換をもたらしたのです。

ペレット種子により播種量を少なくでき、間引きの手間を省いた。大型産地での機械播種にも対応できる。

ペレット種子により播種量を少なくでき、間引きの手間を省いた。大型産地での機械播種にも対応できる。

北海道の産地では不織布をベタがけすることで抽苔を防ぐ栽培法が取り入れられた。

北海道の産地では不織布をベタがけすることで抽苔を防ぐ栽培法が取り入れられた。

「洗浄機にかけても洗い上がりの肌つやが美しい」

「洗浄機にかけても洗い上がりの肌つやが美しい」

「1994年(平成6年)徳島県藍住町。春ニンジン栽培では大型トンネルを導入し晩抽性を発揮した」

「1994年(平成6年)徳島県藍住町。「向陽二号」は晩抽性を発揮し、大型トンネルによる春ニンジン栽培にも導入された」

「秀品率が高く、クズが少ない。」

「抜群のそろいで秀品率が高く、クズが少ない」

市場からみた人気の秘密

肩の張りがあり尻部までよく太る、根割れやクズも少なくそろいは極めて良好、根色は美しい鮮紅色でテリ・ツヤがよい。このような見ばえのよさで、「向陽二号」は市場関係者もうならせました。
そして、その魅力は見ばえのよさだけに止まらず……

・「洗浄機にかけても洗い上がりの肌がなめらかで光沢がよい」

・「店もちにすぐれ販売店からの評判も上々」

・「日もちよく長距離トラック輸送に耐える」

・「クセがなくおいしい ジュースなど加工用としても利用できる」

・「秀品率の高いニンジンを年間を通じてリレー出荷できる
(春・夏)徳島・千葉(秋)北海道(冬)千葉が実現できた」

秋どりニンジンとして関東・京阪神を中心に出荷された(北海道斜里町)。

秋どりニンジンとして関東・京阪神を中心に出荷された(北海道斜里町)。

長距離トラック輸送に耐える品質で店もち、日もちすると市場、量販店、消費者からも支持をえた。

長距離トラック輸送に耐える品質で店もち、日もちすると市場、量販店、消費者からも支持を得た。

ニンジン臭が少なく甘みがあるのでジュースなど加工品にも幅広く利用される。

ニンジン臭が少なく甘みがあるのでジュースなど加工品にも幅広く利用される。

まとめ

次々と新品種が発表されている中で、発売から30年以上たった今も「向陽二号」の特性は健在で、多くの生産者から支持されています。特に北海道の主要な大型産地は、新品種を取り入れながらも、安定した生産性をもつ「向陽二号」には、依然として高評価をいただき、主力商品として出荷されています。また、家庭菜園や直売所出荷向き品種としても広く利用される定番品種となりました。
このようなロングセラーになった理由には、幅広い作型で土壌を選ばない栽培性、作りやすさ、品質、市場・消費者のニーズにあった「三方よし」の特性があったからです。気象に対する適応幅が広く、黒葉枯れ病や根腐れ病にも強い「向陽二号」のすぐれた栽培性と耐病性には、今後の温暖化など不安定な環境下において、能力を発揮し続けることでしょう。