のうぎょう最前線

農業界にも大きな影響を与える2024年物流問題
〜持続可能な農業を実現するために必要な物流とは〜

皆さんは、「農業を営む上で必要なこと」と聞かれて何を思い浮かべますか。栽培技術や経営、販路、最近ならSNSといったように複数の答えがあると思います。その中でも物流は、販売活動による「商流」と商品を届ける「物流」の2つが完了されて始めて取引が成立するといわれるぐらい、切っても切り離せない存在です。そんな、農業とも関わりの深い物流業界は2024年大きな転換期を迎えます。大阪産業大学で物流を研究されている浜崎章洋教授にお話を伺いました。

農業専門ライター 鈴木雄人(すずき ゆうと)

茨城県石岡市出身。農学部を卒業後、青果卸会社に就職。全国の生産地を周り、現地で得た生産者のためとなる情報を発信することで、「農業界を盛り上げていきたい」という気持ちが強まり、約2年勤めたのち退職。現在は、車中泊で全国の生産者の元を訪れ現地で得た情報をSNSやブログで発信する。
https://harenotiagri.blog/

今回取材したのは…

大阪産業大学 経営学部商学科 教授
浜崎章洋(はまさき あきひろ)さんです。

1969年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。タキイ種苗、日本ロジスティクスシステム協会勤務を経て、大阪産業大学経営学部商学科教授に就任。2004年度、2013年度日本物流学会賞受賞。第12回鉄道貨物振興奨励賞特別賞受賞。著書に「ロジスティクスの基礎知識」などがある。

これまでの日本と農業界の物流

国内の物流業界状況

物流は企業経営において、車の両輪(商流と物流)に例えられるほど非常に大切な存在で、どんな業界でも必ずといっていいほど関わりがあります。経済産業省によると、年間の国内貨物輸送量は、新型コロナウイルスの流行をきっかけに減少した時期もありましたが、約45億tで横ばいに推移。そのほとんどが自動車(トラックなど)による輸送によって賄われているといいます(図1参照)。

図1 国内貨物輸送量の推移(tベース)

出典:「貨物輸送の現況について」国土交通省総合政策局物流政策課/2023年7月資料
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/content/001622302.pdfをもとに筆者作成

また、1990年の貨物自動車運送事業法施行以降、トラック運送事業の規制緩和によって新規参入する事業者が急増しており、1994年に約4万5000社だったものが2006年には約6万3000社まで増加しました。しかし、国内貨物輸送量が横ばいの中、輸送業者が増加したことで事業者間の価格競争が起き、2008年以降は事業撤退する企業が増加。それ以降は、新規参入と撤退する事業者が均衡した値で推移しています。

図2 トラック運送事業者数の推移(単位:者)

さらに、業務特性上や業界による競争の激化により、長時間労働(年間の平均労働時間は全産業に比べて約400時間多い)や低賃金(年間の平均所得額は全産業に比べて約2割少ない)といった傾向にあるのが現実です(図2参照)。

賃金は全産業平均と比較して、大型運転手で約1割、中小型運転手で約2割低い
年間労働時間は全産業と比較して、大型は約1.22倍、中小型は約1.16倍
時給換算では全産業約2300円、トラックドライバーは約1700円

(資料提供:浜崎教授)

仕事を獲得するための過剰なサービスや運送費の値下げなどが行われ、そのしわ寄せがドライバー個人にいき、働き手が減少傾向といった悪循環が起きてしまっているのです。

農業界の物流状況

農業における物流に目を向けてみると、さまざま問題が見えてきます。

長距離輸送によるドライバーの長時間労働

青果物を九州や北海道、東北などから関東や関西へトラックでの輸送となると往復で約4日の時間が必要です。その間ドライバーはトラック内での睡眠を強いられ、ドライバーにとって厳しい環境に置かれることになります。

積み込み時の重労働

農業界の場合、多くの業者が青果物の積み下ろしをドライバーが担う場合があります。例えば、10t車で10kgの箱を運搬する場合、約1,000箱を生産地と到着地点で計2回の積み下ろしをドライバーが担うことになります。また、運送費を抑えるために1回の運搬で多くの青果物を運ぶ必要があるので、パレットなどを使用せずにバラ積みによる積み下ろしが行われることも少なくありません。1箱1箱手作業で積み下ろしたりすることは、かなりの重労働です。

EC拡大による個別配送の増加

現在は、各地方で青果物の産地直送プラットフォームができたり、農家自らがECサイトで販売を行い販路が簡略化されたりと青果物を生産者から直接購入できる時代です。経済産業省のデータによると、食品分野のECでの市場規模は2022年2兆7500億円にものぼり、それに比例して宅配数も増加していると言います。

2024年問題で変化する物流

2024年問題の概要

これまでの日本の物流業界全体や農業界は安すぎる輸送費・過剰サービスで成り立ってきました。しかし、これから業界に大きな変化が起こります。長時間労働や重労働、労働力不足などさまざまな問題を抱えてきた物流業界を世界と同じ基準に変えるために本格的に動き出します。

具体的には、働き方改革関連法によって2024年4月1日からトラックドライバーへの時間外労働時間の上限規制が適用(年間1176時間から960時間以内に縮小)されます。年間960時間の残業時間ということは、月に換算すると80時間、週だと20時間、1日だと4時間です。ここには、運転時間以外の車の整備や荷下ろし作業時間はもちろん、荷物の待機時間なども含まれるので大幅な労働時間の削減となります。今までドライバーの長時間労働に依存することで契約・売り上げを確保してきた物流会社は、売上や利益を減少させ、ドライバーの収入減少に陥るといったことが起きると言われています。
1日に残業4時間と聞くと計12時間運転できるからそこまで変化ないのかと感じる方もいるかもしれません。しかし、浜崎教授によると「2024年問題の対応はゴールではなくスタートに過ぎない。今後より厳しく規制されていく」と予想されています。
次に、2024年問題は農業界にどんな影響を与えるのか、続けてお話を聞きました。

「2024年問題」が農業に与える影響

運送費の高騰

ドライバーの長時間労働を前提にした収益構造に依存してきた物流業界にとって、ドライバーの残業時間抑制は大きな影響をおよぼします。収入減に陥るドライバーをつなぎとめるには賃金の底上げなどの人件費の上昇は避けられず、そのまま運送費の上昇につながります。運送費などコストの上昇は確実なので、運賃も含めた取引先への値上げ依頼が必要です。値上げで解決できればよいのですが、ドライバーの離職によって、運送会社は取引を継続できない最悪の展開も頭に入れておかなければいけないでしょう。

長距離輸送が困難に

地方から都心に運ぶためには、中継地点での荷物の積み替えやドライバーの交代などが必要になります。中継地点を新たに設立するのは大きな投資が必要になるので、中継地点をもっていない業者では長距離輸送ができなくなることさえ考えられます。

自分たちでの荷物の積み下ろしが必要に

これまでは、ドライバーによる青果物の積み下ろしが一般的でしたが、他産業をみてみるとドライバーによる荷物の積み下ろしはほとんどされていません。農業界だけの過剰サービスであるといえます。今後、働き手が不足していく中で、重労働の発生する農業界の運送は嫌遠されると考えられます。これからは、自分たちで積み下ろしをするか積み下ろし代金を別途支払う可能性が出てくるでしょう。

個別配送の増加は対応可能

宅配荷物量はECの普及や産直プラットフォームの構築に伴い、増加傾向にある中で、ドライバーが不足していることから、消費者に直接届かなくなる可能性を心配されているのではないでしょうか。しかし、浜崎教授によると「宅配に関しては心配していない。むしろ軽貨物ドライバーは増加傾向にある」と言われます。

現在、軽貨物運送事業者は2021年には約21万社と増加傾向です。そのほとんどが、個人事業主で各運送業者から業務委託を受けて仕事をしているといいます。農業界でもなじみ深い「赤帽」なども含まれます。個人事業主での事業者は、上限時間規制対象外となるので柔軟な対応も可能です。このことからも長距離輸送を必要としない(地方の宅配は一度、運送会社のセンターに集約されて都心にもってきてから各事業者に仕事が分配される)宅配は、ほかの運送と比べても比較的安定しているといえるでしょう。
では、これらの問題が起こる中でどのような対応が行われているのでしょうか。浜崎教授によれば、いま産業界では大きく三つの取り組みが動いているようです。

これからの物流と農業

産業界の取り組み

モーダルシフトの促進

モーダルシフトとは交通やモビリティを再生可能なエネルギーなどを活用した持続可能な輸送に転換していく社会的プロセスです。具体的に言うと現在、国内貨物輸送量の9割以上がトラックによる輸送ですが、そこを鉄道や船舶での輸送に変えていく流れです。最新の動きでは新幹線での輸送や鉄道と船舶での冷蔵コンテナの導入なども始まっています。実際に、関東の市場でも九州から船舶での輸送実験などが行われています。

海外では貨物用の引込線がある小売業の物流センターが存在する。
※浜崎教授の資料より抜粋

納品リードタイムの延長

納品リードタイムとは受発注から納品までの時間です。現状は、お昼ごろに受注を締め切り、作業を始めて、夕方には発送といった翌日納品が大半を占めます。しかし、これだと夜間の作業や運転が必要となり、対応が難しくなります。リードタイムを延長して翌々日納品が可能となれば、受注を受けてから一日猶予が出るので夜間での作業がなくなります。また、翌日に人員とトラック数が確定すればよいので見込みでの手配がいらなくなるメリットもあります。実際に、加工食品流通ではすでに取り組みが始まっているそうです。

商慣行の見直すタイミング

浜崎教授によると「日本には独自の習慣や考え方があり海外とは捉え方が違う」と言います。具体的には、日本では商品の本体価格と運賃などの物流費を一つにまとめて取引をする傾向にあります。ですから、生産者などは物流費が上がるタイミングで、全体の取引価格の値上げを提案する必要に迫られるのです。これが、海外なら本体価格と切り離して物流費だけの値上げ提案なので理解されやすいのです。日本全体で本体価格と物流費を分けて考えることとなれば、より物流に対しての理解が深まるのではないでしょうか。
では、生産者はどのような取り組みをすることで安定した物流を実現できるのでしょうか?
浜崎教授は生産者が取り組むべきことを四つのキーワードで提言されています。

農業界全体で行っていくべき取り組み

❶標準化(パレットや鉄コンテナでの輸送)

重労働になるばら積みでの輸送ではなく、パレットや鉄コンテナを使うことでフォークリフトを使った積み下ろしが可能になります。これにより、労働時間の短縮につながります。実際、筆者が市場で働いていたときにばら積みの10t車の荷下ろしには2時間前後かかっていたものが、フォークリフトのみの荷下ろしでは30分前後に短縮できていました。その分、運転などほかの時間に使うことができます。生産者としても、自分たちで積み込む場合の手間が少なくなるでしょう。

浜崎教授が海外で撮影された写真。
パレットが標準化されている。

❷平準化(出荷量の変動を少なく)

旬のある青果物では難しい部分もあり、営業、取引先の協力も必要になりますが、出荷量の変動をできるだけ小さくすることで物流コストを抑えることができます。出荷変動が大きいとトラックの台数や作業員の増減も多くなってしまうので物流コストは上昇してしまいます。

❸共同化(共同配送や共同拠点の設置)

青果物の場合、他業種と共同に運ぶことは難しいかもしれませんが、競合他社との共同化は可能です。すでに、運送会社主体で合積みという形は全国で多く使われています。今後は、パレットに合わせた積載などを駆使し、さらに完成度の高い形での合積みによってコストを抑える必要があります。
また、トラックの帰路におけるスペースの活用も効率を考える上では必要です。多くの場合、目的地まで商品を運んだ後、帰りのトラックは空の状態で戻ってきます。農業以外の企業を含めて、都心からの帰り便と地方への輸送を上手くマッチングさせ、活用することができれば輸送費を大きく削減することにつながります。

❹省力化(IT、自動化、機械化、ムダの削減)

できるだけ使用する経営資源を少なくすることで省力化を実現することができます。実際、農業界の物流について考えることがこれまでは少なかったのでムダが多い業界と感じます。海外では、パレットに載せる上でムダが出ないように段ボールやコンテナの形をパレットに合わせるなどの取り組みが進んでいるそうです。

ロジスティクス構築は重要な経営戦略

物流の「2024年問題」によって農業界では多くの変化が生まれます。先の未来を考えて目の前の変化に柔軟に対応できる力を身につけなくてはいけません。。海外で進んでいるお手本があれば積極的に目や耳を傾けて参考にし、必要なことは取り入れていきましょう。
後編では、物流に対して物流機器を扱う企業や市場、農業現場などで行われている取り組みに迫っていきたいと思います。