農業界にも大きな影響を与える2024年物流問題
〜持続可能な農業を実現するために必要な物流とは〜≪後編≫
物流現場から聞こえてくるドライバー不足や、生産現場から聞こえてくる運賃の高騰など悲痛な訴えを耳にする物流問題。前回は、大阪産業大学で物流を研究されている浜崎章洋教授にこれまでとこれからの物流について取材しました。後編となる今回は、物流会社、物流機器メーカーと青果卸会社に実際の取り組みについてお話を伺いました。
農業専門ライター 鈴木雄人(すずき ゆうと)
茨城県石岡市出身。農学部を卒業後、青果卸会社に就職。全国の生産地を周り、現地で得た生産者のためとなる情報を発信することで、「農業界を盛り上げていきたい」という気持ちが強まり、約2年勤めたのち退職。現在は、車中泊で全国の生産者の元を訪れ現地で得た情報をSNSやブログで発信する。
https://harenotiagri.blog/
2024年4月の働き方改革関連法により、トラックドライバーの時間外労働時間の上限が年間1176時間から960時間(月に換算すると80時間、週20時間、1日4時間)に規制されました。
>2024年問題の概要
規制が適用されてから数カ月が経ち、よい側面と課題が見えてきました。最初に、法改正後の業界の変化から見ていきたいと思います。
これまでトラックドライバーは、残業による長時間の労働が多く、他業種のサラリーマンとは大きく異なった労働環境でした。規制適用後は、週の残業時間が20時間以内に定められたことから、ドライバーにとっては身体的な負担が軽減しているように見受けられます。
今回の規制適用がなければ、多くの企業で話題にすら上がらず、変化が起こらなかったでしょう。実際、議論や検討だけでなく、多くの企業で現場改善が進んでおり、産地での11型レンタルパレットの導入や市場や配送センターでのドライバーを待たせない仕組み作りが進んでいるといいます。結果として、ドライバーの肉体労働の軽減や配送時間の確保につながっています。
一般的な11型のレンタルパレット
その一方で課題も見えてきました。
特に考えなくてはいけないのが、人材不足です。これまで、過剰な残業が常態化していた物流業界。週の残業時間が20時間以内となった規制適用後は、これまで残業で賄っていた労働に対する人材が必要です。
労働時間が長く肉体労働も多い青果物流は敬遠される傾向が強く、元々選ばれにくい業界でもありました。さらに、今回の規制適用により人材不足はより深刻な問題となっており、実際に物流会社では「トラックも仕事もあるけど人がいない」といった声が多く聞かれます。
もう一つが、長距離輸送です。週の残業時間が20時間以内となったことに伴い、ドライバーひとりでの長距離輸送ができなくなりました。産地でも出荷の最盛期に荷物を運ぶトラックが見つからないといった問題も聞こえてきます。中継地点を介した輸送や鉄道、船舶輸送に切り替える「モーダルシフト」の構築が早急に必要となっているのが現状です。
また、11型パレットの導入やドライバーを待たせない仕組み作りについてもまだまだこれからの対応が大半となっています。これらの課題を解決できなければ、持続可能な青果物流は実現できないでしょう。
手下ろしをするドライバー
では、実際、これらの問題や課題に対して、物流会社、物流機器メーカー、青果卸会社ではどのような取り組みをしているのでしょうか。
2004年創業。横浜丸中グループ。横浜中央卸売市場南部市場(現:横浜南部市場)内に全国初の市場内流通センターを建設することを目的として設立された。トラックをもたない代わりに物流の情報を取りまとめ、提携している約30社の物流会社と連携して効率のよい物流を実現する。今回は、代表取締役社長の小野英樹(おの ひでき)さんと第1物流事業部部長の堀江憲幸(ほりえ のりゆき)さんにお話を伺いました。
横浜ロジスティクスの物流倉庫
これまでは企業間での情報共有がなく、同じ方面でお互いにトラックに空きがあるのにそのまま走っているという非常に効率の悪い輸送が行われていました。
そこで、横浜ロジスティクスでは輸送効率を考えたルートを設計するために、輸送に関わる情報を取りまとめ、提携している30社の物流会社とマッチングさせることで効率のよい物流を実現しています。
2024年6月現在、取りまとめた情報を活用し提携会社のトラックで1日に150便を超える共同配送を行っています。
横浜丸中グループとしての取り組みになリますが、横浜は、立地の面から中継地点として注目されつつあります。トラック輸送の中継地点としての機能も期待されていますが、神奈川県の横須賀港と福岡県の門司港の船便による「モーダルシフト」がより注目されています。
九州のような遠方の産地だと関東まで運べる物流会社を見つける方が困難です。門司港を使った輸送の場合、福岡県まで荷物を運ぶトラックを見つけるだけで済むので簡単だといいます。
また、東北などの産地も横浜を中継地点とすることで九州や関西に運ぶことが可能となるので遠方の産地からの輸送において重要視されています。
2023年まではグループ会社の横浜丸中青果、北九州青果間で試験的に行われていた船舶輸送も、産地からの評判がよく、2024年より本格的に取り組みが始まっているといいます。
横須賀港と門司港を結ぶ船
2024年問題によって減少した労働力を補うための人件費は、経営へ大きな影響を与えています。今後さらに増えていく見込みで、必要不可欠な人材を確保するためには人件費の増加は避けられません。
そこで、経費削減のために新たに導入したのが「太陽光パネル」です。物流倉庫をもつ横浜ロジスティクスでは、冷凍庫や冷蔵庫の可動に莫大な電気代が発生しているため、ランニングコスト削減に向けて自然エネルギーを活用しています。
従来は、農協ごとに地域の集荷場を周り、各県にある市場へ納品していました。基本、市場間での荷物の送り合いはなく、荷物が足りない時や市場内の業者間でのみ行われていました。そんな中、横浜丸中グループとして取り組むのが商品融通(市場間で荷物を送り合うことを指す)です。市場ごとに近くの産地から荷物を集め市場間で荷物を送り合うことで両市場の集荷力の維持や強化をねらうといいます。実際、横浜と名古屋の中央市場間での商品融通を開始しており、休憩を含め約6時間で市場間の納品が可能。横浜から名古屋へは千葉県産のニンジンを積み、帰りには愛知県産のキャベツを積んで帰ってくるなど、取り組みが始まっています。
「横浜の物流会社とはよい関係を築くことができています。多くの情報が集まってくるからこそお互いにメリットのある関係ができていると思います。
自分たちだけがよければいいのではなく、お互いに協力し合いながら関係を維持していくことが重要です。
また、今後は産地での情報を取りまとめできるようにならなくては地方から物を運ぶことが難しくなっていくと思います。そのような情報の共有も産地同士が手を取り合い実現できるように上手くマッチングさせることができれば、より効率のいい物流が実現できるはずです」(小野社長)
横浜ロジスティクス株式会社の
小野社長(右)と堀江部長(左)
1970年創業。本社大阪市。オリックスグループ。物流機器の販売、レンタル、リースを行うメーカー。これまで培ってきた物流機器の知見を生かし、新たに農業分野へ参入。加工用野菜の輸送などで使われる鉄コンテナの販売、レンタルを行う。今回は、事業開発部線材・アグリグループグループ長の永田享将(ながた たかまさ)さんと牧野聡(まきの さとし)さんにお話を伺いました。
野菜の輸送に使われる容器は、段ボールやプラスチックコンテナ(雑コンテナや折りコンテナなど)が主になりますが、加工用の輸送には鉄コンテナが使用されます。一つのコンテナに500s近い青果物を乗せて運ぶことができるので、重量野菜と呼ばれるキャベツ、ハクサイ、ダイコン、タマネギなどで使用されています。
生産者や受け手の工場側、青果物を運ぶ運送会社にとって、フォークリフトで簡単に出荷や積み下ろし作業ができる鉄コンテナは、荷下ろしにかかる時間の大幅な削減につながることから注目されています。
今回、ワコーパレットが物流機器メーカーとして50年以上営んできた経験を基に、新規事業として取り組むのが農業用鉄コンテナ、別名「ベジコン」のレンタル事業になります。これまでの鉄コンテナの問題点を取り除き、より使いやすい仕様にしたものが「ベジコン」だといいます。
ベジコンによる輸送
従来のレンタル料は、「日割りの賃料+基本管理費+納入・引き取り運賃+紛失破損弁済金」といった複雑な計算式でした。また、日割りでのレンタルでは、工場側での滞留による延滞料金が発生し、使い終わるまで容器代が確定することができないといった問題がありました。
そこで、複雑な料金体系ではなく、1回当たりの回数割(単価×借入台数)とすることで変動がないレンタル料金を実現し、青果物の売値を決めやすいようにしています。
もう1つ借主が抱えていた問題が鉄コンテナの紛失です。納品先でほかの業者が間違って持ち帰ってしまうなど借用から返却までの管理に負担がかかっていました。
「ベジコン」は、1台ごとにQRコードを付けて個体管理をすることで、個体の所在を追うことが可能となり、紛失リスクを未然に防いでいます。
また、これまでは、借主が返却のためのトラックの手配や鉄コンテナの管理連絡などに労力がかかっていました。そこで、出荷先での乗り捨てやワコーパレットによる工場への回収連絡など納品から回収までをサポートすることで、借主側の負担を軽減し利用者が本来の業務に集中できるサービスにしているといいます。
ピンク色の足が特徴的なベジコン
一般的な鉄コンテナの場合、10t車に折りたたんだ状態で176台、青果物を入れた状態で最大32台しか積載できませんでした。
「ベジコン」は、農業用に新たにサイズから企画し、折りたたんだ状態で200台、青果物を入れた状態で最大36台積載できるようになりました。
これによって従来品より輸送効率が約10%向上し、キャベツなどしまりが悪く重量が乗ってこない場合においても10t満載で運ぶことが可能になっています。
「『ベジコン』は、輸送効率を上げるだけでなく、借主の管理労力をなくすという観点からもコスト削減につながると考えており、多くの借主にとってメリットのあるサービスです。まだまだサービスを知ってもらう段階でもあるので、地道に広げていければと考えています。また、今後は、これまで物流機器メーカーとして農業分野以外でカゴ車やパレットのレンタルといった需要にもこたえてきたので、農業分野でも問題解決できるよう一緒に取り組んでいきたいと思います」(永田グループ長)
株式会社ワコーパレットの
永田グループ長(左)と牧野さん(右)
1947年創業。大田市場(東京都中央卸売市場)で国内最大の売上高を誇る青果卸会社として日本の食卓を支えている。今回は、営業管理部副部長の長掛雄治(おさかけ ゆうじ)さんと係長の原田威(はらだ たける)さんにお話を伺いました。
年々、東京への荷物の一極集中も相まって、取扱高が増えている東京青果。2023年には過去最高の売上高を記録しました。それに伴って、荷物の置き場が不足、混雑し、効率のよい荷下ろしも難しくなっていました。
そこで、2021年より新たに置き場の二層化を実施しました。これまでの置き場を2階建てにすることで約7000m2、荷物量にして約800tの面積を拡大することに成功しました。さらに、垂直搬送機を導入し、1階から2階へ効率的に荷物を移動できるといいます。
また、2階下のスペースをビニールカーテンで仕切ることで、約20度に保たれたスペースを設置することができているといいます。
垂直搬送機で荷物の移動を効率化
同社では積極的な11型レンタルパレットの受け入れをしており、パレット輸送における荷役時間削減を実現しています。
熊本県の産地と取り組むパレット輸送においては、11型パレットに合うようミカン箱サイズの再編に伴う輸送試験に協力しました。
また、レンタルパレットの回収率向上の対策として、パレットチェンジャーとクランプフォークリフトを導入しており、レンタルパレットを速やかに回収する体制を構築しています。
レンタルパレットを交換する「パレットチェンジャー」
大田市場内には東京青果のほかに同グループの東一神田青果、東京荏原青果の3社があります。これまでは、会社ごとに自分たちの荷物を扱っていたこともあり、3社の荷物が混載して運ばれてきた場合は、3カ所での荷下ろしが必要でした。
そこで、グループ化した東一神田青果と新たに取り組むのが共同荷受による荷下ろし時間の削減です。会社ごとに荷物を下ろすのではなく、1カ所にまとめて下ろすことで荷下ろし時間削減に繋がっているといいます。
現在は、東一神田青果だけでなく東京荏原青果との共同荷受実現に向けても試験しています。
市場で問題とされてきたのが、荷下ろしまでのトラックの待機時間でした。
各産地から運ばれてくる荷物は到着時間が被ることが多く、荷下ろし場所が空くまでにかなりの時間を要していました。
実際、大田市場に到着後、平均して2〜3時間ほど待ち時間が発生していました。2024年問題でドライバーの残業時間が制限される中で、数時間の待ち時間は致命的です。
この待ち時間を減らすために新たに導入されたのがトラックの荷下ろし予約システム「EPARK」でした。ドライバーはアプリから簡単に到着する時間に合わせて荷下ろし場所を予約することができます。簡単な手続きによりドライバーが市場近くに着いたことを通知することで、荷受側から連絡が入り荷下ろしを行います。
また、ドライバーは混雑している時間帯を確認することができるので、混雑を避けた納品が可能となり、数時間あった待ち時間はほぼ1時間以内に短縮できているそうです。
ドライバーが荷下ろし場所を予約する「EPARK」
「今後、多くの産地でレンタルパレットの導入が検討されており、さらに増加すると想定されるので対応できるような体制を構築していくことが最優先です。
また、「EPARK」に関しては、多くのドライバーが利用するようになってきたので、予約が埋まることも多々見受けられます。今後は、午前中の受け入れなどさらなる荷受のリードタイムの拡大を検討しています。
これらの荷待ち時間短縮に向けた取り組みを継続していき、産地から選ばれる市場を実現していくことが私たちの使命だと思っています」(原田係長)
東京青果株式会社の長掛副部長(左)と原田係長(右)
これまで紹介してきたように、物流の「2024年問題」によって農業界では新たな取り組みが増え、大きく業界全体が変わりつつあります。これらの取り組みは今後、仕組み化されていけばドライバーだけでなく、受け手側である販売会社や生産者にとっても荷物の積み下ろしという観点で生産性を上げるメリットとなるはずです。その未来には、生産者と販売会社、そして運送会社の三方にとってよりよい青果物流が待っているでしょう。
2024年
秋種特集号 vol.58
2024年
春種特集号 vol.57