
若手農家のSNSを利用した最新販売戦略
〜スマートフォン一つで変わる、新しい農業のカタチ〜
スマートフォンが普及し、誰もが情報を発信できるようになった現代。農業の世界でも、その波は広がりを見せています。多くの農家が、「SNSで野菜が売れるのか?」「農作業で忙しいのに、動画なんて撮っている暇はない」そう感じるかもしれません。しかし、全国を取材して回る中で、私はSNSをきっかけに、農業経営を劇的に変えた生産者の方々と出会ってきました。
今回は「農家にとってのSNS活用術」を野口ファーム(兵庫県南あわじ市)や有限会社栗原農園(茨城県常陸太田市)の成功事例を交えながら紐解いていきたいと思います。
なぜ今、農業にSNSが必要とされているのか、その背景にある「現場のリアルな課題」とは、そんな話から見ていきましょう。

農業専門ライター 鈴木雄人(すずき ゆうと)
茨城県石岡市出身。農学部を卒業後、青果卸会社に就職。全国の生産者を周り、現地で得た生産者のためとなる情報を発信することで、農業界を盛り上げていきたいという気持ちが強まり、約2年勤めたのち退職。現在は、車中泊で全国の生産者を回りながら現地で得た情報をSNSやブログで発信する。
https://harenotiagri.blog/
「一生懸命作った野菜や果物が、思ったような価格で売れない」「市場出しだけでは相場によるリスクが大きく、将来が不安だ」「もっと自分たちのこだわりや思いを、消費者に直接伝えたい!」
全国の農家の元へ足を運び、話を聞いていると、こういった声が多く聞こえてきます。これらは決して個人の意見などではなく、今の日本の農業が直面している構造的な課題なのです。
これまで日本の食を支えてきた市場や農協(JA)を中心とした従来の流通システムは、大量の農産物を安定して供給するために不可欠な仕組みであり、今もその重要性は変わりません。しかしその反面、農家が自ら価格の決定権をもちにくかったり、食べてくれる人の顔が見えにくかったりといった「限界」や「課題」も抱えているのが現実です。
一方で、スーパーマーケットに並ぶ消費者の視点に立ってみると、ここ数年で「食に対する価値観」が大きく変化していることに気づきます。単に安くてよいものを求めるだけでなく、「誰が、どんな思いで作ったのか」「安全性はどうなのか」といった「ストーリー」や「生産者の顔」が見えることへの関心が年々強まっていると言えるでしょう。
この「生産者の悩み(売り手)」と「消費者のニーズ(買い手)」という、本来つながるべき2つのピースを埋めるものこそが「SNS」となっているのです。 SNSを活用することで、従来の流通だけに頼らず、自分たちの力でファンを作り、適正な価格で直接販売することも可能となります。さらには、そんな青果物を取り扱いたいという企業も増えつつあります。これまでにない「新しい農業のカタチ」が、今まさに実現しようとしているのです。
具体的なSNSの活用事例に入る前に、そもそもSNSとは何かについて触れておきたいと思います。
SNSとは「Social Networking Service(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)」の略称で、インターネット上の登録会員向けの情報交換・交流サイトまたはそのサービスを指し、社会的な人と人とのつながりを新たに形成したり、深めたりする機能を提供しています。
日本国内におけるSNSの普及率は非常に高く、連絡手段として定着しているLINEを含めると、インターネット利用者のほとんどが何らかのSNSを利用しています。かつては「若者が使うもの」というイメージもありましたが、今や全世代にとっての情報インフラです。地方や都心などに関係なく、どこにいても世界中とつながることができるのが最大の特徴となります。
次に、主要なプラットフォームの特徴と、2025年12月現在の国内の動向を整理しました。
国内月間アクティブユーザー数:9,900万人(2025年6月)
特徴:生活インフラとして定着しており、30代までは90%超という圧倒的な利用率を誇る。
農業活用:「LINE公式アカウント」などを使って、直売所の入荷情報やクーポンの配布を行うなど、既存顧客との密なコミュニケーション(リピーター獲得)に適する。
国内月間アクティブユーザー数:7,370万人(2024年5月)
特徴:世界最大の動画共有サービス。若者の利用はもちろん、実はアクティブユーザー数は40代が最も多く、次いで50代、30代が多い。
農業活用:購買力のある大人世代が多く利用しているため、高級食材やこだわりの栽培方法を長尺動画でじっくり伝えることで、深い信頼関係を築くことができる。
国内月間アクティブユーザー数:6,800万人(2025年5月)
特徴:以前の利用者は若者中心だったが、現在は20代〜40代のビジネス層や主婦層にも深く浸透。リアルタイム性と拡散力が魅力で、本音が出やすいため、消費者のリアルな声を拾うマーケティングリサーチにも向く。
農業活用:「台風被害の現状」や「今朝採れたて!」といった速報性のある発信が得意。顧客との気軽な会話からファン化を促すことも可能。
国内月間アクティブユーザー数:6,600万人(2023年11月)
特徴:画像や動画などビジュアルに特化しており、女性の利用率が男性を上回っているのが特徴。
農業活用:「食」や「料理」に関心の高い女性層(主婦層)との相性が特によい。農園の美しい風景や、色鮮やかな野菜・果物の魅力を「映える」写真で伝えることで、直感的に購買意欲を刺激できる。近年は、リールと呼ばれるショート動画に関する機能も追加されている。
国内月間アクティブユーザー数:4,200万人(2025年11月)
特徴:短尺の縦長動画が中心で、没入感が高いのが特徴。10代の利用率が圧倒的に多いが、他のSNSに比べて成長速度が速く、幅広い世代へ浸透しつつある。
農業活用:農業に興味がなかった層にも、リズミカルな動画でリーチできる。農作業の裏側や人柄をエンタメとして発信することで、爆発的な認知拡大(バズ)を狙える。
国内月間アクティブユーザー数:2,600万人(2019年3月)
特徴:実名制を前提としており、若年層よりも20代以降のビジネス層の利用率が高いのが特徴。
農業活用:友人や知人とのつながりが強く、信頼性が高いため、長期的な関係維持に適している。
参考:「WE LOVE SOCIAL by comnico」2026年1月5日
このように、各プラットフォームによって利用者層や目的が違っているSNS。では、具体的にSNSをどのように活用する農家がいるのでしょうか。次の章では、具体的な活用事例を見ていきたいと思います。
兵庫県南あわじ市で、約2.5ヘクタールの畑でタマネギやレタスをメインに多品目の野菜や米を栽培している野口ファーム。Instagramフォロワー数22.9万人(2025年12月時点)を誇り、Instagramを駆使したBtoC(消費者への直接販売:Business to Consumer)の割合は6割を超える(残り2.5割は小売店、1.5割は農協)。
Instagram
https://www.instagram.com/noguchifarm/

野口ファーム代表の野口俊さん
元々、同園で作るレタスをおいしくないと自身の子どもたちが食べなかったことから、息子たちは野菜が嫌いなのだと思っていた野口さん。しかしある時、奥さんが畑の端で家用に育てていた野菜をおいしいと食べる息子の姿に衝撃を受けます。さらに、なぜ子どもたちが食べているのかと、深掘りをしていくと、品種によって味に違いがあることに気づきました。
それまで、農協への出荷が10割だった野口さんは、農協の推奨品種を栽培していたので、収量などといった秀品率のことばかりで、味については深く考えたことはなかったのです。
「子どもは正直です。大人のようにフィルターを通さず、本当においしいものしか食べない。それなら、子どもがおいしいと言う野菜だけを作りたいと思いました」
しかし、味を追求した品種は形が不ぞろいなどで市場規格に合わないことも多くあります。そこで、「自分で販路を開拓し、直接消費者に届ける」必要が生じ、SNS活用へと舵を切るきっかけとなったのです。

多品種の葉物野菜を栽培している野口ファーム
大きな転機はコロナ禍でした。当初、口コミで広がり、飲食店への販売が好調でしたが、コロナをきっかけに注文がゼロになってしまいました。在庫ロスを防ぐため、Instagramで「助けてください」とスケッチブックを掲げて発信したところ、フォロワーによる拡散で個人客からの注文が殺到し、完売。
この経験から「どんな環境の変化があっても揺るがない販売網=個人販売100%」を目指す方針へ転換しました。ここから、SNSを伸ばして、個人への販売の割合を増やしていく方針となっていきました。
また、フォロワー数が増加したことで、野菜の販売以外にも大きなメリットが生まれています。それが「企業とのタイアップ」です。
発信力の高さから、農機具メーカーなどからのPR依頼が絶えません。報酬として広告収益(PR費)を受け取るだけでなく、「最新の機械を使って発信してほしい」と、本来ならば購入コストがかかる農機具や資材の提供を受けるケースも多いといいます。
野菜の売上はどうしても天候や相場に左右されますが、こうしたPR収益や現物資産の確保は天候に関係なく得られるため、経営の安定化にも大きく貢献しています。Instagramによって販路拡大だけでなく、PR収益といった収益構造の多角化も実現しているのです。
一方で、海外で作業動画がバズったことで海外フォロワーが急増し、本当に野菜を買ってほしい日本の顧客に投稿が届きにくくなるという「アルゴリズムの課題」にも直面しました。そこで現在、野口さんはSNSの目的を明確に分ける「ポートフォリオ戦略」をとっています。つまりは、PRと販売のチャネルを明確に分けているのです。
既存アカウント(全世界向け):「農業のすごさ・楽しさ」を発信。前述した企業案件などの収益源や、農園のリクルートの窓口として活用する。
新規アカウント(日本のママ向け):野口ファームの色を消し、「農家の嫁」視点で共感を呼ぶ日常やレシピを発信。野菜販売の新たな窓口導線とする。
野口さんは取材の中で、「百姓とは100の仕事をもつクリエイティブな職業。SNSもその中の1つ」だと語ってくれました。アルゴリズムの変化や予期せぬバズりといった波に飲まれるのではなく、自分たちの「届けたい相手」を見据えて、柔軟に形を変えていく。この「変化に柔軟に対応する姿勢」こそが、野口ファームがSNS時代の農業においてトップランナーであり続ける理由なのかもしれません。
茨城県常陸太田市で、小ネギの水耕栽培や米を生産する有限会社栗原農園。就農当時の売上5,000万円から2億円超へと成長させた経営手腕もさることながら、SNS活用においても異彩を放っています。

栗原農園代表の栗原玄樹さん
同園の代表取締役である栗原玄樹さんは、TikTok上で「ネギニキ」として活動。緑色の髪に緑の衣装という強烈なキャラクターで、フォロワー数は3.4万人(2025年12月時点)を超え、農業界きってのインフルエンサーとなっています。
栗原さんがTikTokに参入したきっかけは、2020年の新型コロナウイルスの流行でした。飲食店向けの出荷ができなくなった一方で、その分、量販店向けの出荷は増え、売り上げは増加しました。この経験から「現状の販路を維持しているだけでは、今後何が起こるか分からない」という強烈な危機感が栗原さんを突き動かしました。
目をつけたのは、賞味期限が短い小ネギの弱点を克服することができる「ネギキムチ」。そして、その販路として選んだのが、当時急成長していたTikTokでした。「1年やって売れなければ撤退する」 そう退路を断つ覚悟で、栗原さんは自身の髪を緑色に染め、徹底的なキャラクターづくりを行いました。
しかし、販売開始当初は大きな壁に直面します。動画自体は多くの人に見られても、そこからECサイトへ飛び、商品を購入してもらうまでのハードルが想像以上に高かったのです。「面白がられること」と「買ってもらうこと」の間には、深い溝がありました。
その溝を埋めるために栗原さんが選んだ手段が、夜な夜な行われるTikTokの「ライブ配信」でした。農作業を終えた後、自宅のキッチンでネギキムチを頬張りながら、視聴者のコメントに一つひとつ答えていく。その泥臭くも温かい交流が、少しずつ信頼を生み、商品購入へとつながっていきました。
ファンとの土台ができたところで、栗原さんはさらに動画本編の強化に乗り出しました。「アニメに出てくる料理の再現」など企画性の高いコンテンツを取り入れ、台本や編集にもこだわることで、エンタメとしての質を向上させたのです。これにより認知が拡大し、新たな視聴者がライブ配信へ流入する好循環が生まれ、月商は20万円を突破しました。
そして最大の転機が訪れます。栗原さんがTikTokの開設当初から目標としていたフォロワー40万人を超える人気アカウント佐渡の「キムチの家」とのコラボです。栗原さんのライブ配信へのコメントをきっかけに動画でのコラボレーションが実現。さらには、「キムチの家」とのコラボネギキムチを販売したことで、売上は月商100万円台へと跳ね上がりました。現在ではネギキムチ事業全体で年間1500万円以上を売り上げるまでに成長してます。
栗原さんの戦略の真骨頂は、SNSを単なるネット通販の道具で終わらせない点にあります。具体的には、SNSでの認知度を、スーパーマーケットや飲食店といった「オフラインの営業」に巧みに利用しているのです。
ネット通販には送料の壁があり、購入までのハードルが高いのが現実です。「SNSで見て気になっているけれど、通販で買うほどではない」という層は確実に存在します。そこで栗原さんは、商談の場で自身のTikTokアカウントを活用し、「ネギニキ」というキャラクターと実績を名刺代わりに、バイヤーに対して強力な交渉材料としているのです。オンラインで「認知」と「ブランド」を作り、オフラインで「販路」と「売上規模」を拡大する。この「SNS×リアル営業」の掛け合わせこそが、栗原農園の成長を支える最大のエンジンとなっているのです。
農業×SNSは、決して「魔法の杖」ではありません。今回紹介した野口ファームや栗原農園の事例が示すのは、価格決定権の欠如や、災害・コロナ禍といった予期せぬ危機を乗り越えるための、極めて現実的な「生存戦略」としてのSNSの姿です。
その一方で、野口さんが直面した「アルゴリズムの壁」や、栗原さんが痛感した「バズっても売れない現実」。これらは、SNS活用が一朝一夕で成し遂げられるものではないことを物語っています。しかし、彼らはそこで諦めることなく、「誰に届けるか」を問い直し、毎日の投稿やライブ配信といった泥臭い努力と知恵を絞ることで、道を切り拓いてきました。
もちろん、すべての農家の方々がこの道を歩むべきだと言っているわけではありません。野口ファームや栗原農園のように、SNSを駆使してファンを作り、BtoCで売り上げを伸ばしていくスタイルもあれば、着実に規模を拡大し、生産量を増やすことで売り上げを最大化させるスタイルもあります。
どちらかがよいではなく、重要なのは自身が目指すビジョンに合わせて、最適な道を選び取っていくことなのではないでしょうか。
その上で、もしあなたがご自身の農業の道として、SNSを選ぶのであれば、スマートフォンの向こう側には、まだ見ぬファンが待っています。高価な機材は必要ありません。生産者が自らの言葉で語り、消費者と直接つながる。その小さな積み重ねが、自分たちのファンをつくるきっかけとなるのです。まずは今日、目の前にある野菜や風景を撮影することから始めてみてはいかがでしょうか。



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