シリーズ私の提言 3 NKアグリが目指す農業と食の提供

2017/07/20掲載

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「人参いれちゃいました」開発者の京都大原記念病院グループ・管理栄養士の屋代朋子さん(写真右)と里の駅大原・支配人の森下政尋さん(写真左

NKアグリ株式会社 代表取締役社長 三原 洋一(みはら よういち)

前職はLED照明のベンチャー企業にて、企画、営業等を担当。
2009年よりノーリツ鋼機グループの新規事業開発を担当し、 同年、国内有数規模の植物工場事業を行うNKアグリ(株)を設立、3年で植物工場を事業化。
リコピンを特徴的に多く含む機能性ニンジン「こいくれない」について、3年間で5大学、1企業との共同研究を行い事業化する。研究中から量産・流通に取り組み、2015年には約10都道府県60人が栽培、30都道府県40社以上の量販店に向けて年間500tの流通を実現。「こいくれない」の取り組みにより、総務省が主催する「地域情報化大賞2015」において「地域サービス創生部門賞」を受賞。

スポーツ選手になりたがっていた娘に、実は絵画の才能があったり、家業を継いでもらえたらと思うのにまったく興味をもってくれなかったり、子は、親の思い通りにはならないものです。親は子どもの個性や意志を理解し、のびのびと生きていけるようサポートに努めるべきですが、その姿勢は野菜作りにも通じるものでもありました。自然を理解することを軸にビジネスを築いてきた、NKアグリのこれまでを振り返るとともに、ビジネスパートナーの皆さまと描いていきたい未来について、ご紹介させていただきます。

経験と勘を数値化し、自然の理解に努めた黎明期

NKアグリは2009年に、親会社であるノーリツ鋼機のコーポレートベンチャーとして設立された会社です。食分野での新規事業立ち上げを期待され、農業未経験者7名で開始しました。まずは最盛期に世界トップシェアまで到達した、写真の現像機生産で培った工業ノウハウを用いて植物工場にチャレンジしたのです。

経験値を属人化せず、標準化するための工業的な知見は十二分にもっていた私たちですが、機械と野菜は別物。「環境を制御し、日々同じ手順で作業をすることで安定した品質の野菜ができてくる」という甘い考えは通用しませんでした。品種自身がもつ特性を理解する姿勢に欠けていたと徐々に気づき始めます。

勘も経験も持たない私たちが唯一拠り所にできたのは「データ」。野菜自身の生育にかかるデータと環境データをセンサーで網羅的に収集し、野菜たちを理解することに努めました。この経験を通じ、野菜も生き物、子育てと一緒で思った通りに制御することはできないのだと学びました。またその一方で、「データをしっかりと取り分析することで、環境データから野菜の生育の変化点を予測し収穫時期の歩どまりが高い精度で予測できる」という学びも得ました。

環境を制御して野菜の生育を制御する、という考え方から、生育状況の把握と予測に研究開発の軸をシフトさせていった背景に、こんなエピソードがあります。

環境を制御して野菜の生育を制御する、という考え方から、生育状況の把握と予測に研究開発の軸をシフトさせることで、独自の栽培ノウハウを確立した。
環境を制御して野菜の生育を制御する、という考え方から、生育状況の把握と予測に研究開発の軸をシフトさせることで、独自の栽培ノウハウを確立した。

需要と供給をすり合わせるために活躍したIT

その後、あらゆる作物を試し、レタスの安定的な生産を実現しましたが、再び制御できない「壁」に当たります。

それは消費者の需要です。天候やトレンド、経済状況など、あらゆるトリガーによって、消費者の需要は日々変動しています。青果バイヤーさんは、こうした制御できない消費者の需要に向き合いながら、廃棄ロスがないように、仕入れ量の最適化を目指されています。一方で育ち始めた野菜の生育は止めることができません。

「バイヤーの方々に少しでも正確に早く、生育の状況をお伝えし、需給調整しなければ」そう考えたときに私たち供給側にできることは、予測できる生産量を、正確にそして即時で届ける仕組みづくりでした。そこで活躍したのがITです。

NKアグリでは生産現場の収穫実績と、営業の提案状況を毎日ITツールで報告し合うことで、出荷量のすり合わせを行っています。その結果、販売ロスを最大0.04%まで減らすことに成功しました。

NKアグリでは生産現場の収穫実績と、営業の提案状況を毎日ITツールで報告、出荷量の調整を行っている。
NKアグリでは生産現場の収穫実績と、営業の提案状況を毎日ITツールで報告、出荷量の調整を行っている。

カタチの代わりに「栄養価」と「味」を。
新たな価値基準をもったバリューチェーンを生みだした「こいくれない」

生産現場での野菜の価値基準と、消費現場でのそれとは、大きくずれているのではないか。植物工場の事業化を通じ、私たちは現代農業の抱える「歪み」に触れていくことになります。既存の市場流通においては、野菜の形のそろいや重さが評価基準ですが、消費者は野菜を「見た目」だけでは判断していません。「どんな食感?」「どんな料理に使える?」「どんな栄養価?」スーパーの店頭でレタスを販売したころに聞いたこれらが、実際の声です。既存の流通現場で評価されない「栄養価」や「味」を評価軸にした、新しいバリューチェーンを構築し、この「歪み」に一石を投じていきたいと考えました。そして生まれたのが「リコピン人参 こいくれない」です。

NKアグリの専売ブランド、露地野菜初の栄養機能性食品「リコピン人参 こいくれない」。(使用品種はファイトリッチシリーズの「京くれない」)
NKアグリの専売ブランド、露地野菜初の栄養機能性食品「リコピン人参 こいくれない」。(使用品種はファイトリッチシリーズの「京くれない」)

元の品種である「京くれない」は、紅色と強い甘みが特長的で、育て方によっては一般のニンジンにほぼ含まれない「リコピン」を多く含むポテンシャルを秘めています。個性があり魅力的ですが、曲がりやすいこと、同一地域で収穫できる期間が1カ月ほどしかなく、収量も少ないことから、「育てづらい」という声の多い品種でもありました。このニンジンの長期出荷と全国規模の流通を実現するため、私たちは全国の農家さんとの提携を開始。さらにリコピンが最も多く含まれる収穫時期を予測するシステムや、出荷場で独自基準での検査をすることで栄養価を保証する体制を構築しました。

こうして露地野菜初の栄養機能食品「リコピン人参 こいくれない」というNKアグリの独自ブランドとして生まれ変わったこのニンジンは、2016年現在、7道県で約50人の提携農家さんによって栽培され、約6カ月の流通期間を確保しています(第1図、第2図)

第1図

第2図

NKアグリが目指す農業と種苗会社や生産者、実需側への提言

少子高齢化が進む日本において、食の需要は大きく変化つつあります。健康、安心安全、個食といった大量消費の時代とは異なる価値観を消費者がもっています。にも関わらず、市場流通の仕組みは、戦後の「ものがなかった時代」と変わらないままです。カタチと重さという規格によって個性が失われ、コモディティ化された日本の農産物は、需要との乖離に拍車がかかった結果、ますます評価されにくくなっています。私たちは消費者の声と、野菜たちの個性に改めて真摯に向き合った新しいバリューチェーンを構築することに、皆さまとチャレンジしていきたいと考えています。