2018/02/20掲載
2004年九州大学農学部卒業、2009年九州大学生物資源環境科学府生産環境科学専攻博士後期課程を修了、博士(農学)を取得。同年日本学術振興会 特別研究員(PD)、2010年関西学院大学理工学研究科 博士研究員を経て、2011年筑波大学生命環境科学研究科 助教に就任。同年10月より現職。
平成27年から生鮮食品を含む食品の新しい機能性表示制度が開始されました。この制度の導入によって、食品のもつ機能性、ひいては食への興味関心が高まり、日本農業の活性化につながることが期待されています。一方で、生産や流通の現場では、機能性を表示するにあたって、機能性成分の含量を保証する手段が課題となっています。
青果物が生き物である以上、機能性成分の含有量に個体差が生じるのは避けられません。栽培技術や流通管理によってこの個体差をできる限り小さくする工夫がなされていますが、生産や流通の現場で機能性成分の含有量を計測することによって、より自信をもって機能性野菜を販売したいというニーズが高まってきています。
そこで注目されているのが分光センサーを利用した機能性成分量の非破壊計測です。
青果物の生産や流通に分光センサーを利用した事例として、メロンやミカン、西洋ナシなどの糖度選別が有名です。
例えば茨城県のJA 茨城旭村では、分光センサーを使って出荷するすべてのメロンの糖度を測定しています。糖度という品質が保証されているので、消費者は高価なメロンであっても安心して購入することができます。生産者も育てたメロンの品質が価格に反映されるというメリットがあり、品質の情報を栽培方法の改善にフィードバックすることもできます。また、この糖度の全量検査が決め手の1つとなって、2015年からマレーシアへの輸出が始まっています。
この糖度選別の事例と同じように、機能性野菜の生産や流通においても分光センサーが重要な役割を果たすと予想されます。分光センサーを機能性成分メーターとして用いることで、客観的な手段で機能性成分量を保証することができます。一般的な野菜より価格が高くても、機能性成分量が多いことが保証されていれば消費者も安心です。
また、分光センサーを使って出荷段階で検査をすることによって、生産者が自信をもって機能性野菜を販売することができます。さらに、将来的にはメロンと同じように機能性野菜の輸出が行われるようになるかもしれません。その時には分光センサーを使った機能性成分量の保証が、日本農産物のブランドイメージを守るために必要になると予想されます。
分光センサーを利用して
糖度を測定している作物の例
NKアグリ(和歌山県)が全国の提携生産者と栽培する“こいくれない”は、濃い赤色と強い甘みが特徴のニンジンで(写真1)、この“こいくれない”を利用した飲料も「濃恋(こいこい)野菜こいくれない」という商品名で日本製粉(東京都渋谷区)から発売されています(写真2)。
“こいくれない”は、ニンジンの代表的な機能性成分であるβカロテンと、トマトなどにも含まれているリコピンの2つのカロテノイドを豊富に含んだニンジンです。この“こいくれない”の生産現場では、分光センサーを使ってカロテノイド含量を非破壊で測定する検査法が導入されています(写真3〜4)。
この検査法の導入によって、サイズや形状といった形質的な規格だけではなく、機能性成分量にもとづいた選果が可能となっています。また、カロテノイド含量の基準を満たさない不合格品が市場に出回るのを防止しつつ、原料段階での品質保証を実現しています。
昨今、機能性野菜をはじめとする農産物の品質を測定するための分光センサーの開発が活発化してきています。その理由の一つに分光センサーに使われる電子部品の小型化と低価格化が挙げられます。
タブレット端末やスマートフォンなどの普及に伴って、これらに使われている電子部品やバッテリーの小型化が進み、また、大量生産されることで低価格化も実現しました。この電子部品やバッテリーは分光センサーにも利用可能であるため、分光センサーの小型化と低コスト化が進んできています。こうした状況の中で、これまで1台で数100万円していた分光センサーが数10万円で販売されるようになってきています。例えば、ケイエルブイ株式会社 (東京都) が販売する近赤外分光センサモジュール (NMシリーズ、写真5) は低価格化と小型化 (寸法が25 mm×25 mm×17 mm、重量が15 g) を実現していて、バッテリー内蔵のワイヤレスタイプも開発されています。
こうした分光センサーの小型化・低価格化によって、農産物の品質を測定するための分光センサーの開発と普及が進むと予想されます。
スマートフォンが私たちの日常に広く浸透したように、分光センサーが機能性野菜の生産・流通の現場に広まるとすると、どのような未来が期待されるでしょうか?
例えば、全国各地で栽培されている機能性野菜の品質に関する情報を、インターネットを介して集めることができるようになります。この品質に関する情報を人工知能(AI)で解析すれば、機能性野菜を高品質に栽培できるヒントが分かるかもしれません。このヒントが機能性野菜の生産者の助けになり、こうした取り組みが、次世代においしい国産農産物を伝える一助になればと思っています。
2024年
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