有機栽培のすすめ−臣先生の実践講座−有機栽培のすすめ−臣先生の実践講座−

講師 臣 康雄さん

講師 臣 康雄さん

タキイ研究農場で野菜育種に従事し、退職後は大学客員教授や企業コンサルタントとして活動。有機栽培の普及にも積極的に取り組んでいる。

取材:農園芸ライター

久野 美由紀

久野 美由紀

2018/07/20掲載

「タキイ最前線 2018年秋種特別号」より連載の始まった「有機栽培のすすめ」。本誌では、有機栽培を実践している高槻市(大阪)および守山市(滋賀)の市民農園におじゃまし、実際に体験させてもらったことをレポートしました。では、実際に自分で取り組む場合はどうすればいいか……?ネット版では実践の方法を、講師の臣さんに詳しくお聞きしました。第1回は有機栽培の楽しみについてインタビュー形式でご紹介します。

臣流有機栽培とは

久野

第1回は「有機栽培の楽しみ」なのですが、そもそも有機栽培とはどういうもので、なぜ熱心に取り組んでおられるのでしょうか?

臣

今は食べ物を輸入に頼っている部分が大きいよね。でも、輸入農産物にはこれまでも狂牛病や残留農薬の問題があったわけだ。だから、少しでも安心できる食べ物を…と思うと、やっぱり自分で作っていくことが大切だよね。食べ物に対しては、買えばいいという感じになってきているから、一度考え直さないといけないとも思うしね。

久野

そこで、家庭菜園で有機栽培を…ということですね。でも、そもそも有機栽培とはどういうものなのでしょう?

臣

化学的な肥料や農薬を使わず、自然界に由来するものを材料として与えていくことだね。
例えば落ち葉とかわらとか、いわゆる有機物なんだけど、それらを堆肥にして施すことは、植物が土から吸収したいろんな成分を、また土へ戻してやることになるわけだ。それによって、土壌のバランスが保たれるんだね。
化成肥料は便利だけど、チッソ、リン酸、カリという要求量の多いものが中心で、でも実際は鉄とかマグネシウムとか、人間でいうとビタミンのような微量要素も必要なんだよね。少しでいいんだけど、それがないとどこかおかしくなってくる。

久野

有機の方が、そういう成分もちゃんと入っているんですね。

臣

それに、やっぱり環境にできるだけ負荷をかけないようにしたいね。化学的なものばかり施していると、土の中の微生物が殺されてしまう。本来なら自然の中でいろんな生物が共存することで成り立っているものを、破壊することがあるわけだ。とにかくできるだけ自然に合わせた形でやりたいね。

久野

自然本来の姿を大事にしたいですよね。

臣

そういう環境で、なるべく「安全・安心」なものを作っていきたいと。健全に育った野菜を食べることは、人間の健康にもつながってくる。気象や土などいろんな条件への対応を常に工夫していくことで、頭の健康にもつながってくるんじゃないかな。

久野

だから、市民農園に来られている皆さんは、生き生きしてらっしゃいます。

臣

野菜作りをしていると、いろんな楽しみが味わえるよね。自然に親しむことの楽しみや、ものを作る楽しみ。生産したものを家族や知人に分ける楽しみもあるし。もともと市民農園を始めようと思ったのは、定年後の生きがいづくり、場所づくりが必要だと考えたからなんだよね。もちろん若い人も、土や自然に親しむことで職場のストレスも解消していける。市民農園のようなグループでは、幅広い年齢層の人と触れあえるよね。

畑の雑草は刈って堆肥に。植物が土から吸収した成分を、堆肥にして土へ戻し、バランスをよくする。

畑の雑草は刈って堆肥に。植物が土から吸収した成分を、堆肥にして土へ戻し、バランスをよくする。

市民農園では仲間とふれあえるのも大きな魅力。共同作業中も和気あいあい。

市民農園では仲間とふれあえるのも大きな魅力。共同作業中も和気あいあい。

イモ掘りには会員のお子さん、お孫さんも参加。世代を越えた交流が。

イモ掘りには会員のお子さん、お孫さんも参加。世代を越えた交流が。

家庭菜園こそ有機栽培が向いている

久野

では、家庭菜園は有機栽培に向いているのですか?

臣

家庭菜園のいいところは、少しずつだけどいろんな種類の野菜を作れること。それによって土中にいろんな種類の微生物やミミズなどが繁殖する。だから、ある菌によって病気が出ても、それを抑える働きをもつ菌もまたいるから、被害が大きくならない。そういう微生物のエサになるのが有機質というわけだ。
つまり、有機栽培のねらいは、エサを与えていろんな生物が生活しやすい場にし、できるだけバランスがとれた状態にして、植物が育ちやすい環境をつくってやろうということなんだよね。

久野

有機質というのは、植物の栄養素であるとともに、微生物のエサでもあるのですね。

臣

むしろ微生物のエサが先だな。植物は有機質をそのまま吸収できないから、微生物がチッソ、リン酸、カリなどの、植物に吸収されやすい形に分解してくれて、初めて利用できる。だから、微生物がいないと堆肥をいくら入れてもだめ。ただ、最近、植物はアミノ酸などもそのまま吸収できるという説も出ているけどね。

久野

チッソ、リン酸、カリのような形だけではないんですか?

臣

それだけでは考えられない効果が見られて、それでアミノ酸のような有機の形でも吸収するんじゃないかといわれるようになっている。ともかく、限られた面積にいろんな種類を入れる家庭菜園は、非常に有機栽培には向いているといえるだろうね。
逆に、同じ種類ばかり作っていると、それをエサにしている菌や虫が異常に増えてきて、どうしても農薬や化成肥料を使うことになる。肥料を多くやってやわらかく作るから、虫も病気も出やすくなって、土も荒れてくるし、悪循環になってしまうんだね。

久野

そういう作用で、連作障害が起こるんですね。

臣

野菜によって、根から吸い上げる養分に好き嫌いがあるわけだ。同じものばかり吸収されるから偏りが出てくる。それと、植物は根から余分なものも吐き出すわけだね。そういう物質が蓄積されると障害が出る。
例えば、道路際によくセイタカアワダチソウという黄色い花の草が生えているけど、その根から出る毒素のせいで、ほかの草の生育が抑えられてしまうわけ。ところが、最近はその毒素が蓄積されて自家中毒を起こし、セイタカアワダチソウ自体がだんだん減ってきているみたいなんだね。
連作障害というのはいろんな要素が入っていて、「これだ!」という決め手はないんだけど、土づくりをしているとある程度緩和されるような気はする。ただ、野菜を植えて収穫物をとる以上、自然界に何か影響を与えるのはやむを得ない。

久野

いくら有機栽培でも、人間が手を加えることには違いないですものね。

臣

そう。だから、できるだけ自然に合わせた形で、逆らわないようにというのがねらいだね。

久野

化成肥料も使わない方がいいのですか?

臣

使ってもかまわないんだけど、上手に施すのが難しいんだよ。あれは速効性だから、病気になった場合にすぐ効く薬みたいなもので、やりすぎると害も出るし裁量が難しいわけだ。家庭菜園で作るのは素人が多いから、「この時期に、この肥料を、これだけやりなさい」と言っても、なかなかできないしね。
でも、有機なら野菜の顔色を見ながら、これは肥料が足りないなあ…とか、そういう感じでいいからね。だから、どちらかというと有機栽培はズボラな農業なんだ(笑)。

久野

ズボラなんですね(笑)。

臣

それに、強い肥料をやっていると野菜も甘えてしまって、根もあまり張らないんだよ。エサはいつでももらえるから、自分で努力しないわけだね。
でも、有機は漢方薬みたいなもので、すぐには効かなくても全体として効果が出てくる。肥料分もあまり多くないので、根もエサを求めて深く広く張っていくわけだ。根がよく張ると健康に育ちやすいから、病害虫にも強くなる。

久野

それは、動物園の動物と野生の動物の違いみたいですね(笑)。

臣

有機栽培は本来の土を改良して、自然に合わせて、その野菜が欲しいものを自分で求めるようにしてくれる。土壌以外でも健全に育つように、株と株の間隔はできるだけ広めにして、風通しをよくして、光も十分当たるようにしてやる。とにかく、できるだけ自然の姿を再現してやろうということだね。

いろんな野菜が少しずつ作れる家庭菜園や市民農園は、有機栽培にぴったり。

いろんな野菜が少しずつ作れる家庭菜園や市民農園は、有機栽培にぴったり。

有機栽培で作られた野菜は、根をしっかり伸ばして健全に育つ。多少の虫食いはあっても病気には強い。

有機栽培で作られた野菜は、根をしっかり伸ばして健全に育つ。多少の虫食いはあっても病気には強い。

株間はできるだけ広めにして、風通しをよくし、光を当てる。なるべく自然の状態へ近づくように。

株間はできるだけ広めにして、風通しをよくし、光を当てる。なるべく自然の状態へ近づくように。

有機栽培で作られた野菜の魅力

久野

有機栽培で作られた野菜には、いろんな魅力がありますよね。

臣

今はスーパーでも有機野菜とうたって売られていたり、中には減農薬というのもあって、多少割高でも求める人は多いよね。おいしいし安全だということで。

久野

直売所なども人気ですしね。

臣

いわゆる「顔の見える野菜」というのかな。地元産で新鮮で安心だというので売上げを伸ばしているね。中には、有機だったら絶対安心というわけでもないとか、それほどおいしいわけでもないとかいう人もいるけど、有機栽培をやっている者としては、やっぱり成分的には高いと思うし、それに市販の野菜と比べて日もちするしね。
売っている野菜は、ものによってはすぐ腐ってしまうけど、有機で作ったものは腐らずにひからびてくる…枯れてくるともいうのかな。

久野

腐るんじゃなくて枯れるんですか。

臣

乾燥していくというかね。とにかく有機栽培で作ったものは自分なりに納得できるし、なにより安心だよね。それに、自然の太陽光の中でじっくり育ったものは、いろんな養分を蓄積している。大器晩成じゃないけれど、そうやってできたものは食べるとやっぱりおいしいし、中身が濃いだろうと思っているよ。

久野

そういうふうに、自分が満足できるのが一番だと思います。

臣

私は毎日15〜16種類の野菜を食べているけど、いろんなものを少しずつ食べることによって、サプリメントなんか摂らなくても、身体に効果が出てくるだろうしね。一番願っているのはそれなんだよな。

有機質と太陽の光でじっくり育てた野菜は、いろんな養分を蓄積して中身が濃くおいしい。日もちもする。
有機質と太陽の光でじっくり育てた野菜は、いろんな養分を蓄積して中身が濃くおいしい。日もちもする。

有機質と太陽の光でじっくり育てた野菜は、いろんな養分を蓄積して中身が濃くおいしい。日もちもする。

土づくりの基本的な考え方

久野

では、いよいよ土づくりについてうかがいます。有機質を施すといいますが、実際の流れはどのようなものでしょうか?

臣

家庭菜園では、お金をかけずにいろんなものを作りたいよね。そうすると、堆肥はもらってくるか、自分たちでつくるかだね。

久野

基本は手に入れやすいもの、自然にあるもの、とお聞きしました。

臣

場所によって違うからね。市民農園でも、大阪の高槻ファームは馬ふん堆肥、滋賀の荒見ファームは河川敷の雑草堆肥を使っているから。

久野

大まかにはどういう作業をするのですか? どちらの農園も、畑の一角に堆肥を積んでありますが。

臣

あれは堆肥を十分発酵させるためだね。というのは、発酵する時に熱が出るんだけど、場合によっては60℃にもなるから。

久野

その状態が畑の中で起こってしまうと、野菜に悪影響が出ますよね。

臣

そう。未熟堆肥というんだけど、熱だけじゃなくアンモニアガスも出るから、根を傷めるし、発芽も抑えてしまう。だから、あらかじめ発酵させて熱を出させ、ある程度分解させてから、安全な形で施さないとね。

久野

発酵が十分かどうかは、どうやって見分けるのですか?

臣

例えばミミズを入れてみたりね。それで逃げ出すようなら危ない。

久野

ミミズは探知機のような役割も果たすのですね! あとは、残さなども堆肥にしていますよね。

臣

野菜の残さや畑の雑草のね。それも別に積んでおいて、時々かきまぜて発酵を促すわけだ。完熟堆肥ができたら、また畑に返す。植え付けの前などに、馬ふんや雑草堆肥と一緒に混ぜ込むんだよ。

久野

ほかには何か入れないのですか?

臣

あとは1袋98円の鶏ふんだけかな。

久野

98円! 本当にお金をかけないのですね。でも、それはかなり大変な作業ではないですか?

臣

お金の代わりに労力はかけましょうということだから(笑)。とにかく、土の中の生物が生きられるような環境条件にしてやる。有機質を入れてやると、土が団粒化して、水はけも水もちもいい畑になる。市民農園がある所はもともと水田だったけど、堆肥を施すことで、ぼこぼこした非常に膨軟な土になっているんだよね。ただ、それにはやっぱり4〜5年はかかるね。

久野

ちゃんとした土壌へ変えるには、それぐらい必要なんですね。その具体的な作業については、今ちらっとお聞きした「団粒化」のことも含めて、また次回お聞きしたいと思います。

高槻ファームの馬ふん堆肥。完熟するまで積んでおく。

高槻ファームの馬ふん堆肥。完熟するまで積んでおく。

できた堆肥は植え付けの20日以上前に畑へ入れ、よく混ぜ込んでおく。

できた堆肥は植え付けの20日以上前に畑へ入れ、よく混ぜ込んでおく。