タキイ特別座談会 病害病害虫防除の現場

2018/02/20掲載

「タキイ最前線 小規模菜園向け誰でもできるお手軽病害虫対策」の連載が6年間24項目で最終回の区切りを迎えました。筆者である草刈先生、柴尾先生をお迎えし、司会役にタキイ品質管理部病害検査担当課長の塩見を交えて、「タキイ最前線」連載秘話や研究所に持ち込まれたさまざまな診断依頼を話題にお話ししていただきました。

「タキイ最前線」の連載を終えて

「タキイ最前線」の連載を終えて

塩見:タイトルが変わる以前の「家庭菜園の病害虫」から数えれば、2001年から足かけ16年「タキイ最前線」で連載していただきました。病徴が分かりやすく解説されていて、私も毎号楽しみに読ませていただきました。こういう学術専門誌ではないものに執筆される際、注意されたことはありますか?

草刈:読者が研究者ではないので色の表現、病徴の表現を学術用語ではなく一般的な表現にするのに苦労しました。

塩見:確かにこの分野には、病徴の決まり文句のようなものがあってそれを使ってしまうと一般の方には分かりにくいと思います。この前、診断を電話で受けたのですが、「乾腐」「軟腐」といった分かりづらい言葉を使わずに、乾いて腐っていますか?じゅくじゅくしてますか?とイメージしやすい聞き方をしました。

草刈:連載当初は専門用語をもっと分かりやすくしなさいと先輩に何度も指摘されました。そのころはこの表現でないと正確に病徴が表せないと思っていたのですが、何回も直して勉強していくうちにやさしい文章に変わっていきました。そうしないと読んでもらえないですから。あとは病徴のどこを見るか、最初の着眼点はどこか、発生時期や初期症状に重点をおき、中期と最終はどういう病斑が進んでいくかが伝わるように工夫しました。

プロフィール
草刈 眞一
KUSAKARI Shinichi
昭和48年大阪府立大学大学院修士修了。昭和55年京都大学農学博士。専門は植物病理学で土壌伝染性病害、養液栽培病害の防除開発に従事。大阪府立環境農林水産総合研究所勤務。平成17年農業技術功労賞受賞。

柴尾 学
SHIBAO Manabu
平成元年岡山大学農学部卒、農学博士。農林害虫防除研究会副会長、関西病虫害研究会編集幹事、日本応用動物昆虫学会編集委員などを務め、アザミウマをはじめとする難防除害虫の生態の解明、防除法の開発に取り組む。

塩見 寛
SHIOMI Hiroshi
鳥取大学大学院修士修了。昭和60年タキイ種苗入社、研究農場で耐病性育種を中心に病害虫全般に関する業務を担当し、平成27年より品質管理部病害検査担当課長となる。植物病理学会所属。平成15〜25年、国際健全種子推進機構(ISHI-Veg)技術グループの日本代表を務める。

塩見:早いタイミングで被害を見つけることは大事ですね。柴尾先生、害虫のほうはどうでしたか?

柴尾:虫と虫が及ぼす被害というのは全然違うので、いつも二本立てで考えていました。虫の形態特徴や発生生態など虫自体のこと、虫が食べているのか吸っているのか被害のことの両方が書いてないと、何が言いたいか分からなくなります。あとは私も先輩方に文章を見ていただきました。若い時からこういう訓練をしたことが自分にとってよい経験になったと思います。

塩見:虫の食害など、どう表現されましたか?

柴尾:食べ方が丸いとか、一個体か集団で食べるのか、幼虫と成虫で食べ方が変わる虫もいるので見分けるポイントをまとめました。あと、写真は命ですね。写真がないことを細かく文章で書いても伝わらないと思うので。自分の写真ももちろん使いましたが、先輩方の貴重なストックも使わせていただき、写真に沿った文章が書けたと思います。

草刈 眞一
草刈 眞一

研究所に持ち込まれるさまざまな診断依頼

研究所に持ち込まれるさまざまな診断依頼

塩見:研究所にはプロの農家の方を中心に、診断依頼がたくさん来ると思うのですが、どう対応されているのですか?

草刈:大阪府立環境農林水産総合研究所では、家庭菜園をされる方向けに年に5回園芸教室を開催していますが、虫か病気か生理障害か分からない病徴の植物をそのまま持ってこられる方もいて、まず見分けるのが難しいですね。いつ、どんなところで、どんな管理をしているか、相手から状況や背景を聞き出し診断することが大事だと思います。

塩見:現物の持ち込みでも必ずしも最適なものがくるとは限りませんね。例えば、根っこの病気なのに枯れた葉一枚持ってこられることも(笑)。

草刈:ありますね。いつごろから発生しているのか、ほかの株はどうか、根は抜いてみたかなど、しばらく会話が必要ですよね。さらに診断してアドバイスした後それからどうなったかを教えて欲しいです。それっきりだとその診断が合っていたのか結局分からないままです。

塩見:人間の病気と同じで、結果のフィードバックが必要ですね。診断依頼で持ち込まれる半分ぐらいは、生理障害や薬害、葉が焼けただけとか病気ではない場合があるんじゃないですか?専門家でも見分けるのが難しい症状はありますか?

草刈:トマトの葉先がチリチリになり、モザイク症状が出ているのでこれはウイルスが原因だ…と言いたいところだけど必ずしもそうではないことがあります。調べてもウイルスは見つからず、ホルモン剤の影響や栄養障害でウイルスの類似症状を引き起こすことがあります。そうなるとなかなか診断がつかないですね。

塩見 寛
塩見 寛
品質管理センターを見学する先生方。

品質管理センターを見学する先生方。

塩見:虫の話になりますが、幼虫を見ただけで正確な名前まで判定される方はすごいなと思います。

柴尾:やっぱり成虫を見て虫の種類を判断するので、成虫を持ってきてもらうのが一番よいのですが、現場に成虫がいない場合もあります。食害は幼虫の場合が多いので、難しいけれど幼虫で診断することもありますよ。幼虫から診断する場合は虫の特徴や出てくる時期など総合的なことで判断しています。

品質管理センターを見学する先生方。
     

塩見:突拍子もない虫は出てこないということですね。

柴尾:そうですね。それぞれの作物によって出てくる虫は絞られるので、その中から選択します。キャベツなどアブラナ科に出てくる虫に絞られるので、それを順番に調べれば防除の方法も分かると思います。

塩見:先日、センチュウの専門の方に診断をお願いしたのですが、一目形を見ただけでお答えいただいたので、驚きました。

柴尾:私はアザミウマが専門で、アザミウマの成虫は1mmぐらいの大きさですけど葉っぱの上にいたら、なんとなくこれかなっていうのは分かりますね。

塩見:それはすごい。病気かなと思って顕微鏡で見ると、実はサビダニなどの目には見えないダニがびっしり付着していたなんてこともあるのではないですか?

柴尾:そういう例は多いですね。

草刈:専門家でも間違えることがあるくらい紛らわしいですよね。

柴尾:サビダニ、ネダニ、ホコリダニなどは目に見えないくらい小さいので、発生する時期に見つけられたら分かりやすいのですが、いなくなってしまう時期もあるので、症状が出ているのに虫はいない…となると判断しづらいですね。

草刈:ファイトプラズマ(植物に萎黄叢生症状を引き起こす特殊な細菌)に感染した植物の症状なんかも専門家でないと診断が難しいです。専門機関だとPCR法で各々の病原菌に特有のDNAを増幅して診断したりします。

写真や画像による診断

写真や画像による診断

塩見:最近はスマホのカメラ機能がよくなってきたので、写真で診断をすることもあるのではないですか?

柴尾:虫の食害だけの写真ではちょっと分かりづらいですが、虫が写っていれば診断できると思います。サビダニなど小さいダニはスマホの性能が上がっているとはいえ、撮影にはテクニックが必要になります。将来、目に見えない小さな虫でも調査用の粘着板を写真に撮って画像解析して診断できるようになるでしょうね。

写真や画像による診断の鼎談風景

草刈:デジタルだと何枚でも撮れるから色々な写真データを集めて画像解析して診断していく方法も将来、現実味を帯びてくるでしょうね。

塩見:病徴や害虫のよい写真を撮るにはどうすればいいですか?

草刈:病徴のアップばかりではなく、圃場全体、植物の全体、病徴のまわりなどの写真があれば分かりやすいですね。

塩見:実際、フィールド調査される時は圃場全体を見て、次に植物を見て病徴を確認されるわけですから、それが写真で再現できればよいということですね。それは今後、実践したいです。ところで、虫は飛んだり動いたりするので写真を撮るのが難しいと思うのですが。

柴尾:食害している幼虫の写真は撮れますが、飛んでいる虫を撮るのは難しいですよね。現場の巡回調査の時はシャッターチャンスを逃さないように常にカメラを携えながら調査します。そして、虫と被害の写真はセットで必要になるので、必ず両方撮ります。小さい虫は接写で、できるだけその場で写真を撮りますが、1mm以下の小さい虫は持ち帰って実体顕微鏡で撮影します。アブラムシやアザミウマぐらいだったら、接写レンズを使ってその場で撮れますよ。

現場の巡回調査で感じたこと

現場の巡回調査で感じたこと

塩見:最近、現場を見られて感じたことありますか?

草刈:ナスで褐紋病という病気があるのですが、「千両二号」などの品種がその病気になっているのを見たことがありません。けれど、昔から大阪でよく作られている水ナスは褐紋病に罹ったりします。耐病性品種によって消えていった病気が古い品種を育てると急に出てきたりするので、品種改良は進化しているんだと感じます。古い品種のよいところも、もちろんあるのですが。

塩見:そうですね、大概の新しい品種は病気に強くなってきています。古い品種の中には、ある病気に強いケースもありますが。

草刈:トマトの食味が向上していく中、葉かび病が流行った時期があったのですが、最近は少なくなってきていると思います。それはタキイさんをはじめ種苗会社が耐病性品種の開発に力を入れているからだと思います。耐病性品種が病気を抑える一つの手段となっているのが心強いですね。

次世代の研究者・専門家を育てる

次世代の研究者・専門家を育てる

塩見:植物病理学会では病気を診断できる人が減ってきたので、教育プログラムを組んで人材を育てることに力を入れているようです。先生方の研究所ではどういう指導をされていますか?

草刈:最近特に、大学の先生自身が病理より遺伝子の専門の方が多く、その生徒さんは遺伝子のことは詳しいけれど実際に病原菌を見たことがない方がいます。試験場に入ってこられたら、周りが教えてあげられるのですが、大学だとそれが難しいために病気のことを知らない病理学者が誕生してしまうことがあります。そうならないように病害診断の教育プログラムが必要だと思います。

塩見:それは必要ですね。

草刈:最近、遺伝子診断をすることが多く、病原菌は知らないけれど、PCRで一致したからこれは○○菌だと言い切る人がときどきいます。一致したからといって病原菌ではないこともあります。実際の菌の形態を確認してから診断してほしいですね。

柴尾:研究所には私を含め6人の病害虫担当研究員がいるのですが、現場へ調査に出るのがベースです。そこで問題になっている病害虫を確認して、生産者のみなさんがされている対策を知り、どういう環境で病気や虫が出やすいか、現場に行かないと分かりません。巡回調査でしっかり目で見て写真を撮る、これが私たちの仕事の基礎だと思います。

草刈:フィールドワークをきっちりする、私もこれに尽きると思います。その中で勉強して成長してもらう、それが後輩を育てる一つの方法だと思っています。

減農薬に向けて

減農薬に向けて

草刈:病気になってから農薬を使うという対策をとりがちですが、まずは病気にならないように予防をしていただきたいです。病気が出ていない畑に農薬を使用するのは環境汚染につながると懸念されるのですが、結果的に最小限の使用で済みます。病気が出てから農薬を使うと耐性菌ができてしまい農薬が効かなくなるので、さらに強い農薬が必要となってしまいます。

柴尾:虫も薬剤に対する抵抗性害虫がでてきて殺虫剤が効きにくくなっています。防虫ネットなどの物理的防除と組み合わせないと、殺虫剤だけでは対処できません。一般の方に天敵昆虫を使ってもらうのは難しいですが、プロの農家さんなら天敵を含めた総合的な防除が、ひいては殺虫剤を長もちさせることにも繋がると思います。

塩見:予防と初期防除、さらにさまざまな防除の方法を組み合わせていくことが大事だということですね。本日はありがとうございました。

減農薬に向けて鼎談風景