産地ルポ

栽培技術

2022/2/21掲載

農作物におけるセンチュウ被害と
緑肥による抑制効果

<後編>緑肥による抑制効果のメカニズム

土壌病害の原因となる有害センチュウから、どうやって畑を守るか。連載後編は緑肥による防除対策、そのメカニズムとともにセンチュウに対応した緑肥の種類、利用上の注意点などを、前編に引き続きセンチュウの被害様態、防除対策を研究する龍谷大学農学部・岩堀英晶教授に解説していただきます。

龍谷大学農学部資源生物科学科教授 岩堀 英晶

龍谷大学農学部資源生物科学科教授 岩堀 英晶

  • 専門分野:線虫学、植物保護科学、生物多様性・分類
    主な著書・論文(分担執筆):『線虫学実験』日本線虫学会,2014年、『寄生と共生』東海大学出版会,2008年、『土壌微生物生態学』朝倉書店,2003年、『植物病理学の基礎』農文教,2021年。
  • 論文:サツマイモネコブセンチュウとアレナリアネコブセンチュウに対するダイズ17品種の抵抗性比較(2002)、九州のサツマイモ圃場におけるサツマイモネコブセンチュウの地理的変異(2005)、日本の主要ピーマン産地における加害ネコブセンチュウ種と抵抗性打破線虫の発生頻度(2015)

センチュウの防除法

わが国におけるセンチュウの防除法は、主に殺センチュウ剤という農薬に頼っているのが現状です。農薬のおかげで農作物の安定生産が行われ、消費者のニーズに合ったサイズや形の作物が私たちの食卓に届けられます。しかし農薬に対する不安や人体、さらには環境への影響を考え、なるべく使用を減らしてゆく必要があります。
農林水産省は先ごろ「みどりの食糧システム戦略」を発表しました。これによりますと、2050年までに化学農薬使用量の50%低減、化学肥料使用量の30%低減、および有機農業の面積を100万ha(全体の約25%)にするなどの目標が掲げられています。この目標達成のためには、化学農薬のみに依存しない総合的な病害虫管理体系の確立と普及が必要です。

農林水産省は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」を策定した。

農林水産省は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する「みどりの食料システム戦略」を策定した。

緑肥作物の利用はこの問題の解決に対する一つの有効な方法です。緑肥作物の作付けによって土壌の団粒化、土壌微生物の多様化が図られ、土壌の物理性・化学性・生物性が向上します。また、緑肥作物の中には対抗植物(センチュウ抑制作物)という、作付けすることによって土壌中のセンチュウ密度を低下させることのできるものがあります。これらを積極的に利用することによって化学農薬をなるべく用いないセンチュウ防除を行うことができます。
対抗植物には緑肥のみならず、土壌被覆、景観、飼料に用いることができるものもあり、単にセンチュウを減らすだけでなく、さまざまな役割を持ったものもあり、緑肥利用はまさに一石二鳥、いや三鳥と言えます。

アウェナ ストリゴサ(えん麦野生種)の「ネグサレタイジ」は根菜類のキタネグサレセンチュウの密度を抑制する。

アウェナ ストリゴサ(えん麦野生種)の「ネグサレタイジ」は根菜類のキタネグサレセンチュウの密度を抑制する。

緑肥のセンチュウ抑制メカニズム

緑肥作物がセンチュウの増殖を抑制するメカニズムは大きく分けて以下の4つがあり、複数のメカニズムを備えたものもあります。

@不適寄主:センチュウは根に侵入するのですが、寄主として不適なため成虫まで発育できず、増殖できません。アウェナ ストリゴサ(えん麦野生種)「ネグサレタイジ」やえん麦「たちいぶき」、ギニアグラス「ナツカゼ」、クロタラリア「ネコブキラー」などがあり、多くの緑肥作物のセンチュウ抑制メカニズムとなっています。

ギニアグラス「ナツカゼ」はサツマイモネコブセンチュウをはじめ、各種有害センチュウの密度を抑制する。

ギニアグラス「ナツカゼ」はサツマイモネコブセンチュウをはじめ、各種有害センチュウの密度を抑制する。

クロタラリア「ネコブキラー」はサツマイモネコブセンチュウほか、センチュウの密度を抑制する。

クロタラリア「ネコブキラー」はサツマイモネコブセンチュウほか、センチュウの密度を抑制する。

A殺センチュウ物質:植物体内で殺センチュウ物質を作る、あるいは根より殺センチュウ物質を分泌してセンチュウを殺します。マリーゴールドはその代表と言えるでしょう。品種としてはフレンチマリーゴールド「グランドコントロール」や「エバーグリーン」などがあります。

フレンチマリーゴールド「グランドコントロール」は各種ネコブセンチュウ、ネグサレセンチュウの密度を抑制する。特にキタネグサレセンチュウに対して効果が高い。

フレンチマリーゴールド「グランドコントロール」は各種ネコブセンチュウ、ネグサレセンチュウの密度を抑制する。特にキタネグサレセンチュウに対して効果が高い。

花の咲かないマリーゴールド「エバーグリーン」は各種ネコブセンチュウ、ネグサレセンチュウの密度を抑制する。90日間の栽培で後作のセンチュウ被害をかなり軽減できる。

花の咲かないマリーゴールド「エバーグリーン」は各種ネコブセンチュウ、ネグサレセンチュウの密度を抑制する。90日間の栽培で後作のセンチュウ被害をかなり軽減できる。

Bふ化促進物質:シストセンチュウのふ化促進物質を根から出して幼虫をふ化させるのですが、寄主として不適なため寄生できず、そのまま餓死させます。クリムソンクローバー「ディクシー」、あかクローバー「メジウム」がダイズシストセンチュウの対策に使われています。また、近年わが国に侵入した外来種のテンサイシストセンチュウには緑肥用ダイコン「コブ減り大根」が有効であることが明らかとなってきました。

ダイズシストセンチュウの対策に利用されているクリムソンクローバー「ディクシー」。

ダイズシストセンチュウの対策に利用されているクリムソンクローバー「ディクシー」。

サツマイモネコブセンチュウの密度を抑制する緑肥用ダイコン「コブ減り大根」は、外来種のテンサイシストセンチュウにも有効であることがわかってきた。

サツマイモネコブセンチュウの密度を抑制する緑肥用ダイコン「コブ減り大根」は、外来種のテンサイシストセンチュウにも有効であることがわかってきた。

C生物くん蒸:植物中の辛味成分グルコシノレートが土壌中で分解され、イソチオシアネートというガスに変化します。これがセンチュウを抑制します。緑肥用チャガラシ「いぶし菜」や緑肥用からしな「黄花のちから」があります。

生物くん蒸とは?

「いぶし菜」は辛味成分が多く含まれ、土壌くん蒸効果が高い。ホウレンソウ萎凋病、トマトのサツマイモネコブセンチュウ、キタネグサレセンチュウなどの被害低減が期待できる。

「いぶし菜」は辛味成分が多く含まれ、土壌くん蒸効果が高い。ホウレンソウ萎凋病、トマトのサツマイモネコブセンチュウ、キタネグサレセンチュウなどの被害低減が期待できる。

センチュウの種類別による緑肥作物の種類

緑肥作物の多くは複数のセンチュウ種に対して有効ですが、例外もありますので注意してください。フレンチマリーゴールドやギニアグラス、クロタラリアはいろいろな種のネコブセンチュウやネグサレセンチュウに効果的ですが(ただし、一部のクロタラリアはキタネグサレセンチュウが増殖する)、えん麦野生種やらい麦はキタネグサレセンチュウとキタネコブセンチュウのみが対象となります(「ライ太郎」はキタネコブセンチュウのみ)。また、クリムソンクローバーとあかクローバーはダイズシストセンチュウのみが対象となります。したがって、それぞれの緑肥作物の特性をよく知っておくことが大切です[表参照]。

できれば圃場に生息するセンチュウの密度と種類を調べておくことが望ましいでしょう。センチュウ密度は緑肥作物の効果に大きく影響します。残念ながら緑肥作物のセンチュウ抑制効果は農薬より劣ります。あまりにセンチュウ密度が高い場合は効果が見られない場合があります。センチュウ密度と種類の調査は最寄りの農業改良普及センターやJAにご相談するとよいでしょう。

緑肥作物利用のポイント

  • 緑肥作物にはたくさんの種類のセンチュウに効果的なものがある一方、限られた種類のセンチュウにしか効果のないものがあるため、用いる種類に注意しましょう。
  • センチュウ種によっては雑草でも繁殖するため、雑草の除草管理は徹底しましょう。播種ムラや発芽ムラは雑草の発生を助長しますので、対抗植物は均一に生育するように心掛けましょう。
  • 栽培期間として3カ月程度、また、栽培はセンチュウの活動が活発な6〜9月に行いましょう。すき込み後は分解期間を1カ月程度置いて十分に腐熟させてから後作の栽培に入りましょう。

主な緑肥作物の栽培基準・センチュウおよび害虫の密度抑制効果