産地ルポ

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2022/7/20掲載

ナス生産量日本一を誇る高知県安芸市の
冬春ナス主力品種「竜馬 」登場から40年、
単為結果の「PCお竜」へ進化

編集部

高知県安芸市

ナスは高知県を代表する特産野菜で、温暖な気候と豊富な日照量を生かし、ハウス促成栽培(10〜6月)を中心に冬春期には全国一の出荷量を誇ります。主な産地は安芸市、芸西村、安田町、香南市、室戸市、田野町、奈半利町、高知市、大月町、四万十市、南国市、東洋町、土佐市。今回取材した安芸地区で最も生産量が多い品種は「竜馬」。当地での冬春栽培用に色ボケせず、枝吹きを向上させた千両タイプの極早生品種。1978年ごろから導入が開始されて以来、高知出身の幕末のヒーローを冠した名前の通り当地に根付いたロングラン品種となっています。そして40年余りがたって変化の兆し。単為結果性を持たせた同タイプ新品種「PCお竜」の誕生です。先進的に導入に踏み切った野町富和さんのグループを訪ねました。
かつては施設キュウリも盛んで、10月にキュウリ栽培終了後、10月から温暖な気候を生かした加温栽培でナスの定植が始まっていたそうですが、キュウリの作付けがなくなり、ナスが前進、現在は8月から定植が始まります。「キュウリ」からナスへの転換当時、「竜馬」ナス推進に尽力されたのは安芸市の立仙種苗店社長の父で会長の立仙耕一さんがまだ40代のころ。タキイのナス育成者と当地の栽培条件に向く、色ボケしない、枝吹きのよい早生種の選抜を試行錯誤して、「竜馬」ナスを誕生させました。
冬場に加温する冬春ナスでは、南国高知といえども「低温・低日照」条件化にさらされます。加温ハウスあるいは無加温ハウスでも色つやがよく、秀品率が高く、初期から多収になる極早生の品種として育成されたのが「竜馬」でした。果形は長卵形で首が太くて尻はやや丸みを帯びます。75〜90gが収穫の目安です。明石大橋架橋以前、高知から消費地への流通は時間を要したため、輸送途上で傷まないよう皮はかためで鮮度落ちしないよう育成されました。草姿は開張性で側枝の発生が極めて旺盛で着果数が多い品種です。「竜馬」の登場で高知ナスの増産・販売体制が整い、市場評価は向上し今日に至っています。

単為結果ナスを生産者はどう受け止めているのか

安芸市赤野地区で冬春ナスを栽培する野町富和さんのグループは、いち早く「PCお竜」の導入に取り組まれています。富和さんは過去3作を終え、今期で4作目となっています。それぞれ導入の理由はありますが、共通するのは「省力化」。これまで、ホルモン処理の手間から解放されるため、マルハナバチが導入され省力化が図られてきました。しかし「マルハナバチ」と言えども万能ではなく、生きものゆえの管理には神経を使うもの。花が咲いたらハチの量を安定させるため毎年10a当たり10ケースの巣箱が必要です。それでもハチが動くか動かないか常に神経を使うそうです。また、灰色かびなど病気の発生が予測されても、薬剤による消毒ができません。その点、ハチが不要な単為結果ナスの「PCお竜」ならいざとなればすぐに消毒可能という状態で、精神的に楽なのだとか。

後列右から野町富和さん、谷山浩一さんと研修中の大上憲一郎さん、小松広幸さん。前列右から岡林幸彦さん、富和さんの母親で現役生産者の野町千賀子さん。立仙種苗店の立仙善久社長。

後列右から野町富和さん、谷山浩一さんと研修中の大上憲一郎さん、小松広幸さん。前列右から岡林幸彦さん、富和さんの母親で現役生産者の野町千賀子さん。立仙種苗店の立仙善久社長。

グループの一人岡林幸彦さんの場合はさらに深刻で、ハチのアナフィラキシーショックがあり、命がけだったとか。それでもホルモン処理の手間は省きたいというのですから、ナス生産者にとってホルモン処理の手間は相当な負担なのです。また、マルハナバチの箱の処分も地味に大変だそうです。
「一旦単為結果のよさを知ればもう戻れない」というのが皆さんともに実感されています。

「PCお竜」の栽培性は?

単為結果ナスの利点は大いにありますが、「PCお竜」が選ばれたのは「果形のよさ」にあるといいます。野町千賀子さんは、竜馬ナスに古くから親しんできた栽培のベテラン。千賀子さんは慣れ親しんだ「竜馬」との大きな違いは脇芽の吹き方が違うといいます。そのほかメンバーから見た両品種にさほど大きな違いはないようですが、管理の違いをあげると以下のような点があがりました。
「PCお竜」のよい点として、①冬場でも果形が狂わず安定。全体にまんべんなく花がつき、収穫の波がなく収量が安定している(竜馬の場合はホルモン処理作業の偏りでどうしても収量の波が発生した)。②わき芽が出るまで遅いものの、一つわき芽が出てからは次々芽吹き、着果の間隔が「竜馬」で10日かかるのに対し、「PCお竜」で7日くらいと回転が早い。「竜馬」は春先にカリフラワーみたいに1カ所から一斉にわき芽ばかりがわっと出て、手が追い付かないことがあった。③単為結果品種なので石ナスやぼけナスの発生はなし。夏に花が落ちず、日焼けに強い印象。
逆に違いを感じる点として、わき芽の吹き方は「竜馬」より大人しく、草勢が弱ると回復しにくいので台木は強勢の「トナシム」を使っている。また、マルハナバチでの着果と違って、冬場の花柄の抜けが劣る。花柄が残ると、3月くらいの温度上昇期(3月梅雨)に灰色カビ病がでやすい。早い時期から花柄を抜いてしまうとその部分が筋になって残ってしまう。
その他、黒枯病には「PCお竜」の方が強いとの声もあがっていました。果形について、果実の幅は「竜馬」が太く、箱詰めしたとき「竜馬」が横に6個で収まるのが「PCお竜」が7個で一杯になるイメージ。ただし、市場から指摘されたことはないとのこと。また、かつて長時間の輸送に対応し硬くしまった果皮は、「PCお竜」では現代人に好まれるやわらかい果皮に変わりました。要約すると果形は「PCお竜」>「竜馬」、収量は「PCお竜」=「竜馬」、わき芽の出は「竜馬」が多いものの収量の波があり、安定して回転よくとれる「PCお竜」とトータルでは変りません。むしろハチの管理やホルモン処理から解放される時間を花柄の処理や、病害予防など他の管理作業に回せるメリットはこれから生きてくると思われます。

現在は加温ハウスが中心で、炭酸ガスや循環扇、日射式自動潅水など環境制御ハウスの設置も進んでいる。夜温最低10℃、朝方14〜15℃で管理。10℃を切るとボイラーがたかれる。日中は25℃を超えると窓が開閉し、21〜22℃で保たれる。

現在は加温ハウスが中心で、炭酸ガスや循環扇、日射式自動潅水など環境制御ハウスの設置も進んでいる。夜温最低10℃、朝方14〜15℃で管理。10℃を切るとボイラーがたかれる。日中は25℃を超えると窓が開閉し、21〜22℃に保たれる。

山を切り開いた水田転作が多く、平坦地が少ないものの、海に面した日照量の長い南向きの土地を生かした冬春ナスが盛ん。

山を切り開いた水田転作が多く、平坦地が少ないものの、海に面した日照量の多い南向きの土地を生かした冬春ナスが盛ん。

1960年代安芸地区の様子。

水田や移動式ハウスが残る当時の同地区。

水田や移動式ハウスが残る当時の同地区。

1960年代の移動式ハウス。

1960年代の移動式ハウス。

40年を経ての夫婦揃い踏み。長く地元に根付く品種に

40数年前、当地で「竜馬」ナス普及に尽力された、地元安芸市の立仙種苗店会長の耕一さんは、「PCお竜」の導入について、「キュウリから長期一作の促成ナスへ、移動式ハウスから固定式加温ハウスへ、自家育苗から購入苗になってきた。そして今、高齢化と面積拡大に対応した省力化のためには単為結果ナスの導入は進めるべきと思います」と時代の流れに欠かせないものと、積極的に取り組まれています。
「当時、高知に根差した品種として誇りを持てるよう郷土の偉人名を付けていただいた。難しい方の『龍馬』でなく『竜馬』。その後継品種名は『PC竜馬』のアイディアもあったが、奥さんの『お竜』でネーミング。女性名なので生産者も親しみを込めて『お竜さん』と呼んでくれるのでよかったと思います」
1979年に誕生した「竜馬」が当地の郷土品種として根付いたように、これからは「PCお竜」と二人三脚で高知のナスを全国に届けてくれるでしょう。

野町さん「PCお竜」のハウスにて、長年栽培してきた「竜馬」の芽吹き方との違いを説明する千賀子さん。

野町さん「PCお竜」のハウスにて、長年栽培してきた「竜馬」の芽吹き方との違いを説明する千賀子さん。

風速60mに耐える耐候ハウスでの環境制御管理を行う谷山さん。「PCお竜」との相性もよい。高知大学農学部卒の大上さんも最新のナス栽培を目指す。

風速60mに耐える耐候ハウスでの環境制御管理を行う谷山さん。「PCお竜」との相性もよい。高知大学農学部卒の大上さんも最新のナス栽培を目指す。

ハチアレルギーで悩んでいた岡林さんも、単為結果ナスの導入には笑顔がこぼれる。

ハチアレルギーで悩んでいた岡林さんも、単為結果ナスの導入には笑顔がこぼれる。

「PCお竜」の生育を確認する小松さん。

「PCお竜」の生育を確認する小松さん。