徳島県那賀町 株式会社那賀ベジタブル植物工場の取り組み 〜安全・安心、高品質、機能性野菜生産と六次産業化〜

2018/07/20掲載

未来の野菜作りとして話題に上る「植物工場」。しかし私たちが植物工場と聞くと、巨大な施設を建設し、多くの投資コストがかかるので運営が難しいというイメージがあります。

今回ご紹介いただく株式会社那賀ベジタブルさんは、建具製造会社からの転身を果たし農業に参入、植物工場を設立されました。

まるで町工場のようなコンパクトな規模の施設。名水の誉れ高い地元那賀川の水を生かしたこだわりの栽培、小売店での販売のほか、県内の飲食店、ホテルなどと契約を結ぶことにより販路を開かれるなど地域に根差した栽培・経営を行われています。ここに植物工場成功のヒントがあるのかもしれません。

立ち上げから栽培や運営を支援している徳島県阿南農業支援センターの佐藤章浩課長補佐に那賀ベジタブルさんの栽培をご紹介いただきます。

産地の概況

那賀町は徳島県の南部に位置し、徳島市の中心市街地から車で約1時間の距離にあり、西は高知県と隣接する人口約8000人の町です。

地域の北西部には四国山地、南部には海部山脈などがあり、標高1,000m以上の山々に囲まれ、地域の9割以上が森林の中山間地域です。多くの峡谷や滝に囲まれた大自然豊かな町です。

町の中心を一級河川「那賀川」が蛇行するように流れています。那賀川は水量が多く良好な水質が特徴で、この川沿いに集落が形成され生活の中心になっています。
平均気温は13.5℃(1993〜2002年の各年平均気温の平均)で、朝夕の寒暖の差が非常に大きいのが特徴です。また、年平均降水量は3,159mm(1993〜2002年の各年総降水量の平均)と、徳島県内で最も降水量の多い地域です。

徳島県 那賀町
右から、地域の種苗店さとう農園 井上 博登氏、那賀ベジタブル 柏木 敏克社長と筆者・農業支援センター 佐藤 章裕氏

右から、地域の種苗店さとう農園 井上 博登氏、
那賀ベジタブル 柏木 敏克社長と
筆者・阿南農業支援センター 佐藤 章裕氏

異業種から農業へ、工場生産だから参入できた

株式会社那賀ベジタブル(徳島県那珂郡那賀町)は工場で野菜を栽培するという先進的な農業生産法人で、人口光を利用した徳島県初の完全閉鎖型植物工場を運営しています。現在、工場面積240m2、これに対して運営スタッフはわずか3人のみ。レタス類を中心にミニセルリー、ハーブ類などの多品目を生産・出荷しています。設立からまだ7年ですが、1日に400〜600株生産するまでになっています。

生産方式は香川県の専門業者が開発した人工光による完全閉鎖型多段式水耕栽培を採用しています。蛍光灯の人工光を利用し、内部は温度24℃、湿度70〜80%と常に一定に保たれ、二酸化炭素を施用し、育苗、栽培ともに多段式で年間ほぼ同じ環境で栽培しています。

工場内は栽培棚が立ち並び、那賀町のおいしい水をのポットの中で苗が育っていく。棚は人工灯で照らされ、パイプによる潅水がなされている。室内は一定の温度、湿度に保たれ、育苗から栽培まで年間を通じて同じ環境で野菜を生産できる。まさに工場である。

工場内は栽培棚が立ち並び、那賀町のおいしい水をのポットの中で苗が育っていく。棚は人工灯で照らされ、パイプによる潅水がなされている。室内は一定の温度、湿度に保たれ、育苗から栽培まで年間を通じて同じ環境で野菜を生産できる。まさに工場である。

危機が一転、大きなチャンスに!

徳島県内初の葉菜類植物工場として、リーフレタスの栽培を始められたのは2011年の元旦。代表の柏木敏克社長によれば、那賀ベジタブルを立ち上げるきっかけとなったのは、いわゆるリーマン・ショックによる大不況だったと言います。
実は、同社の母体は建具製造会社「柏木」でした。家業である会社の業績が不況により一気に落ち込みます。将来的な人口減少の影響も考慮すると、現状も将来も建具製造では危機的になるではないかと柏木代表は予想されたようです。
これからの展望が描けない中、柏木社長は父親がふと口にした一言が気になります。「工場の中で野菜でも作れんかな。建具は更新のサイクルが長いけど、野菜はほぼ毎日口にするなあ」。

確かに植物工場なら安定的に生産でき、不況の影響も受けにくい。柏木代表は直感し、植物工場建設を進めることを決断されました。

初期投資の壁を乗り越えて

もちろんすべてを一人でできるものでもありません。柏木代表が最初に相談したのは、付き合いの長い地元金融機関でした。当時の支店長の計らいで香川県にある植物工場専門業者を訪問し、会社直営の野菜工場を見学しました。そのとき「これしかない。これを自分たちの新しいブランド商品にして異業種転換に取り組むしかない」と思いを強くし、新会社の立ち上げに至りました。

2010年10月に新会社である株式会社那賀ベジタブルを立ち上げ、野菜工場の建設に向け動き出しましたが、柏木社長は高額な初期投資という壁にぶち当たります。当初は農業でも工業でもないと判断され補助金も受けられない、なかなか資金調達では苦労されたようです。それでも、当初計画していた規模を3分の1(240u)に縮小し、なんとか工場の建設にこぎつけることができました。

工場だから安全・安心な野菜の生産が可能に

消費者や取引相手の信用を得るためには、適切に工程管理された生産物であることが欠かせません。同社は植物工場という品質管理や労働環境面で優れた生産体制で栽培することを生かして、安全・安心な野菜生産にこだわっています。例えば工場内に入る際の作業服やマスクの着用方法などを細かく定めたマニュアルを作成し、その遵守を徹底しています。使用する資材、肥料など植物工場の生産にかかわるものすべてのものをコストやリスク面から管理しています。また、クリーンルーム並の環境で栽培するため無農薬であることも強みの一つとなっています。

その努力の甲斐あって2011年8月、徳島県が農作物の生産・管理体制を検査・認定する「とくしま安2(安全安心)GAP農産物」の優秀認定を受けられました。

「とくしま安2農産物」(安2GAP)の認証を取得するなど安全安心にこだわった栽培で差別化を図る。

「とくしま安2農産物」(安2GAP)の認証を取得するなど安全安心にこだわった栽培で差別化を図る。

工場生産の強みを生かし機能性野菜を生産

栽培品目の主力はリーフレタス4種類です。『グリーンリーフ』は硝酸態窒素低減方法と低カリウム方法にも取り組んでいます。これらの方法で栽培されたレタスは機能性野菜と呼ばれ、ビタミンCや糖質を通常の3〜7倍含んでいます。『グリーンリーフ』のほかには、珊瑚のように繊細に枝分かれしている『マルチリーフクイーン』、葉に赤色がついている「レッドファイヤー」、「フリルアイス」はパリッとした食感とほどよいみずみずしさが特徴です。リーフレタスは播種から収穫までの日数が標準で34日。日量400〜500株を生産しています。

他にはバジル、ホワイトセルリー、アマランサスの栽培を行っています。バジルは、えぐみが少なく香りもよく高い評価を得ています。葉物としてだけでなく、六次産業化商品として徳島県内のドレッシング製造会社と協力し、ペーストやドレッシングを生み出し販売しています。

リーフレタス「晩抽レッドファイヤー」、ホワイトセルリー「ミニホワイト」がプロの評価を得た

「晩抽レッドファイヤー」は食感と彩りのよさが特徴で、植物工場で生産するとみずみずしく仕上がります。また、LED光源との相性がよく、良好な発色で栽培できています。またホワイトセルリー「ミニホワイト」は植物工場で作るとすっきりした味で香りよく仕上がるため、ホテルなどのシェフの評価が高く、業務用中心に出荷しています。

棚で生産される「晩抽レッドファイヤー」。

棚で生産される「晩抽レッドファイヤー」。

ポットで栽培中のホワイトセルリー「ミニホワイト」。

ポットで栽培中のホワイトセルリー「ミニホワイト」。

大口集中を避け小口分散で出荷も安定

現在、同社の出荷先はホテルや飲食店など業務用が中心で、一般小売店にも出荷しています。一般小売店は市況単価に需要が左右され、また、商品のよさを料理人にアピールしにくいこともあります。設立当初は多かった小売り用の比率を下げて、業務用の比率を段階的に上げて来ています。現状では8割近くが業務用の出荷となっているようです。これは、受注時期や受注数量の面で不安定な取引先よりも、年間を通じて受注が安定している取引先を増やした結果でしょう。

また、柏木社長がかつて家業の住宅部材加工会社で営業していたときの経験から、取引先は大口顧客1社集中ではなく、小口分散を進めて来た結果でもあります。現在では取引先数は約30社となっているとのことです。

パッケージはオリジナルの物を使用。なるべくシンプルに野菜の鮮度がわかるように。

パッケージはオリジナルの物を使用。なるべくシンプルに野菜の鮮度がわかるように。

おいしい水が味を支える

初めて那賀ベジタブルのリーフレタスを食べた人は、口をそろえて「おいしい」と評価します。

柏木社長によれば、以前こんなことがあったようです。レタスの出荷数が足りないときに、同じ専門業者が施行した植物工場で作った商品をサポートで送ってもらったことがあるようなのですが、納品先から味が違うとの連絡をもらったと言います。

プラントも肥料も同じなので違いは水だけです。那賀ベジタブルの植物工場は那賀川の伏流水を水源とする水道水を使っています。

那賀ベジタブルのリーフレタス

日本酒やウイスキーもまずは名水ありきなので、水源のよさが生産される野菜の味に関係しているのかも知れません。かなり興味深いことですが、この点は那賀ベジタブルにとってかなりなアドバンテージになっているようです。

工場であるがゆえの課題も

当面の大きな課題として柏木社長は電気代の高騰を上げます。原発事故が起きて以来、電気代は約20%値上がりし、植物工場の総費用の約50%を占めるようになっているとのことです。そこで、蛍光灯の光源をLEDに転換する試みも始められています。光源は人工光利用型植物工場の生命線なので、いざ導入してみてあらためて、難しさを実感されています。蛍光灯の光源では普通に生育していたものが、LED化すると野菜の発色や生長の違いが微妙に違ってきて、照射時間、生育ステージ別の適性判断など、LED光源の利用技術に少し苦戦しているようです。

植物工場

現状では約4分の1をLED光源に置き換えています。柏木社長は、経費削減のため早急に光源全部のLED化を行いたい考えです。

現状、なんとか採算ベースには乗っているようです。しかし、規模拡大のために次の投資まではなかなか資金が回らないのも事実です。そこで同社は、これまでの植物工場運営のノウハウを生かして、建物の空きスペースを活用した、ほぼ手作りの超低コスト型第二植物工場(15u)を3月から試験的に運営しています。太陽光も一部利用しているので、ランニングコストは極限まで低くすることができました。

順調であれば次なる植物工場を建設し、規模拡大をしていきたいと考えておられます。

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