産地ルポ

品種ピックアップ

2021/2/22掲載

「品種プレイバック」
“手のかからない”キュウリを目指して
〜省力・耐病性品種の先駆け「夏すずみ」の誕生〜

能力の高い品種を確実に育成することは、例えるなら新しい家を築くことと同じです。屋根を支えるためには、太く頑丈な4本の柱が欠かせないように、育種においても明確な特徴をしっかりと付与しなければなりません。育成から実に31年を迎えた「夏すずみ」キュウリは、うどんこ病・べと病への耐病性、高い秀品率、手間がかからないすっきりとした草姿と安定した収量性、耐暑性とつるもちのよさという大きな“4本の柱”を備えた、画期的な品種として生み出されました。今でも多くの人に栽培されている「夏すずみ」がどのような経緯で生まれたのか、当時を振り返ってみたいと思います。

研究農場 石津 祐志

第一章 「夏すずみ」の“4本の柱”

労力がかかる品目だったキュウリ

当時からキュウリは高い収益性がある品目でしたが、長期にわたる栽培期間を通して、収穫・出荷作業に加えて整枝・誘引・摘葉・追肥・薬剤散布など多くの管理作業が必要でした。栽培期間中はまったく休むことができないほど栽培に労力がかかる作物だったのです。特に当時主流の品種は、強勢大葉で太い側枝が多く発生する多収型のキュウリで、さらに多くの労力を要しました。
また、露地の夏秋キュウリ作は気象変動の影響を受けやすいため、うどんこ病・べと病などの病害発生も多く、安定した栽培、収量を確保するために定期的な薬剤散布が行われていました。散布の頻度は、通常週に1回、病気が発生すれば週に2回以上散布することも珍しくなく、農作物の安心・安全という点でも不安が生じていました。

うどんこ病・べと病の克服

このような問題点を解消するため、タキイでは少しでも栽培労力がかからない品種の育成はできないかと考えました。そのためにまず取り組んだのがうどんこ病・べと病への耐病性付与です。病気の出ない健全な生育が確保できれば、防除の労力が削減されますし、薬剤の散布量も減らせるので収穫物の安心・安全にも大きく寄与できます。これをまずは育種の柱としました。

葉面にうどん粉をまぶしたようなかびが生える「うどんこ病」。生きた植物から栄養を吸収しなければ生活できない菌のため、人工培養が不可能。(原図:駒田 旦)

葉面にうどん粉をまぶしたようなかびが生える「うどんこ病」。生きた植物から栄養を吸収しなければ生活できない菌のため、人工培養が不可能。(原図:駒田 旦)

しかしそれは簡単な道のりではありませんでした。当時は、環境の整えられたベンチの中で幼苗に菌の接種を行い、大量かつ正確な耐病性判断を行う技術が確立され、飛躍的に耐病性育種が発展していました。しかし、キュウリのうどんこ病・べと病の場合は、接種するための菌を人工増殖できないこと、幼苗期と成体時では耐病性発現が異なるという性質をもつことから、幼苗の段階で効率的な接種を行うことがうまくできなかったのです。つまり、実際に栽培を行う過程の中で耐病性の選抜を行わなくてはならず、耐病性系統の作成には多くの時間と労力を要すものでした。さらに、キュウリのうどんこ病・べと病の耐病性は、一つの耐病性遺伝子で制御できるものではなく、複数の耐病遺伝子を徐々に蓄積させることで耐病性を強化していく必要がありました。そのような困難の中、それでも地道に耐病因子の積み上げを行い、最終的には、ほぼすべての目標にかなう耐病性を得ることができ、その成果は日本初のうどんこ病・べと病耐病性品種「つばさ」(1986年発売)として結実しました。

1986年に発表された「つばさ」。草姿と果実品質にすぐれ、収量も多い馬力がある品種(写真:『園芸新知識』1986年3月号より)。

1986年に発表された「つばさ」。草姿と果実品質にすぐれ、収量も多い馬力がある品種(写真:『園芸新知識』1986年3月号より)。

1983年に秋田県農業試験場にて行われた原種審査会で、「つばさ」は品質が高く評価され、見事特1等に輝いた(写真:『園芸新知識』1986年3月号より)。

1983年に秋田県農業試験場にて行われた原種審査会で、「つばさ」は品質が高く評価され、見事特1等に輝いた(写真:『園芸新知識』1986年3月号より)。

秀品率の向上

「つばさ」の誕生に喜んだのも束の間、次に取り組んだのは収量の安定と、秀品率を高めることです。収量を左右する要素は数多く、それらが複合的に関与して決定されます。その中でも収量に大きく関与するのは、側枝の発生力です。太く強い側枝が勢いよく連続して発生し、大切な雌花を多く確保できる品種がもっとも収量があがります。これらの品種は、一気に花が咲いて収量が急激に増加した後、成り疲れが起こり、収穫の谷間を経て再び側枝が発生し収量が増加します。このように強勢で馬力があり、側枝の発生力がある品種は多収にはなりやすいものの、収量の波が出やすく、日々安定した出荷をしにくいというデメリットがあります。また、側枝の発生も集中し、葉も大きいので通風や採光が悪くなり、病害発生を防ぐためには、こまめな栽培管理が必要で、多くの労力がかかりました。
そこで育種の方向としては、総収量よりも秀品率を上げ、出荷率を向上させることを目指しました。重力に逆らわず下にまっすぐ伸びる果実、と口で言うのは簡単ですが、なかなか意図通りにならないのが果形です。あらためて♂、♀の果実形質を明確に種分けし、肥大の早さや尻、肩の形状、胴張、イボの程度、色、子実部の大きさなど果形に関与すると思われる形質の調査をていねいに行いました。そのうえで、多くの組み合わせ、色々な作型で果形の安定性を確認した結果、得られたF1の中にいつ見ても濃緑で曲がりのない高い秀品性をもつものを見出すことができたのです。その秀品率の高さは、新品種としての発表後、次のように評されるほどでした。

荷を受けた我々も、これまでにない品ぞろいのよいものを販売することができた。A級品では全期間の平均が5kgケースで他の品種よりも200円高く、あまりの厳選に、これほどA品率を低くしなくともよいのではないかと思われたにもかかわらず、A級品とB級品を合わせた平均価格でも、他の品種より同じく180円高の販売となった。加えて、出荷者から、これまでの品種に比べて選果が数段楽であるという声が何度も聞かれたことから、全ての点で「夏すずみ」が高品質であることは間違いないようである。
山形市中央卸売市場 (株)山果 野菜第1部長 武田 茂さん(当時)
(『園芸新知識』1992年3月号「夏秋キュウリ『夏すずみ』を販売して」より)

市場にずらりとならぶ「夏すずみ」のケース(写真:『園芸新知識』1992年3月号より)。

市場にずらりとならぶ「夏すずみ」のケース(写真:『園芸新知識』1992年3月号より)。

A級品の「夏すずみ」。A級品では全期間での平均が5kgケースで他の品種より200円高になったという(写真:『園芸新知識』1992年3月号より)。

A級品の「夏すずみ」。A級品では全期間での平均が5kgケースで他の品種より200円高になったという(写真:『園芸新知識』1992年3月号より)。

宮崎県日之影町で撮影された「夏すずみ」。鮮やかな濃緑でつやがあり、クズ果も少ないという品質の高さが、各地で評価された(写真:『園芸新知識』1993年2月号より)。

宮崎県日之影町で撮影された「夏すずみ」。鮮やかな濃緑でつやがあり、クズ果も少ないという品質の高さが、各地で評価された(写真:『園芸新知識』1993年2月号より)。

収量の安定化

 こうして秀品率を高めた上で、続いて収量の安定化に取り組みました。イメージしたのは、毎日同じ数の雌花が咲くことにより株に余計な負担がかからず、決して“バカ取れ”はしないが長期にわたって安定した収量を上げることができるキュウリでした。その目標達成に向けて、高秀品率、安定収量にかかわる要因についてさまざまな調査を行い、最終的には小葉で立性草姿、側枝の発生はあまり旺盛ではないが、環境に左右されずに太めの側枝がじっくりと確実に発生する系統が、もっとも目的に適っていると判断しました。この性質はそれまでのキュウリの性質とは大きく異なり、省力型品種の先駆けとして評価を受けることとなりました。

収量性と収量の波(期間別収量の推移)

1991年4月20日播種、露地早熟栽培(タキイ研究農場)
各10株、台木:きらめき
収穫時期:6/12〜8/1(50日間)
(『園芸新知識』1991年12月号より)

葉が小さく、立葉の「夏すずみ」は、収穫時に果実が見えやすく、見落としが少ないというメリットもあった(撮影:岡山県北房町[現岡山県真庭市]、写真:『園芸新知識』1993年2月号より)。

葉が小さく、立葉の「夏すずみ」は、収穫時に果実が見えやすく、見落としが少ないというメリットもあった(撮影:岡山県北房町[現岡山県真庭市]、写真:『園芸新知識』1993年2月号より)。

耐暑性とつるもちのよさ

残された最後の課題は、夏秋栽培の中で栽培後半まで健全な生育ができるようにすることでした。そのために必要なのは、耐暑性、つるもちのよさです。盆前の一番株が傷んだときに果実をすべて除去し、1度だけ潅水を行い、新しい太い芽の発生の程度を確認して、選抜を行いました。当時はまだ異常気象による高温はあまり言われていませんでしたが、現在の激しい環境変動を見ると、この耐暑性はますます重要になってくると感じます。

愛媛県五十崎町(現愛媛県内子町)の「夏すずみ」の圃場。自然に大きく左右される環境でも、生育力の高さを発揮し好評を得た(写真:『園芸新知識』1994年3月号より)。

愛媛県五十崎町(現愛媛県内子町)の「夏すずみ」の圃場。自然に大きく左右される環境でも、生育力の高さを発揮し好評を得た(写真:『園芸新知識』1994年3月号より)。

第二章 画期的な省力性で各地に普及

デートの予定が立てやすい?

こうして育成された「夏すずみ」は、1989年に東北の福島、岩手、山形の農地8カ所で拡大試作が行われました。結果は一目瞭然で、比較品種の藪はうどんこ病で真っ白なのに対し「夏すずみ」の藪は青々としており、中に入るときれいな果実が着果していました。当時の試作における驚きは、次のように話されています。

まず特記しておかなければならないのは、べと病にも強いがうどんこ病に抜群に強いことだ。隣接する他の品種が7月下旬にうどんこ病で褐色に枯れ上がっても「夏すずみ」は一面緑色で、はっきりと識別できるほど強い。従って、他の品種より相当遅くまで良質果が収穫できる。私の場合は8月24日まで収穫したが、組合員の中には9月いっぱい収穫したものもいる。ちなみに、当地のこの作型では7月いっぱいか、せいぜい8月10日で収穫を終えるのが通年である。
山形市飯塚町山形西部野菜園芸組合 荒井 敬一さん(当時)
(『園芸新知識』1992年3月号「夏秋キュウリ『夏すずみ』を栽培して」より)

葉面にうどん粉をまぶしたようなかびが生える「うどんこ病」。生きた植物から栄養を吸収しなければ生活できない菌のため、人工培養が不可能。(原図:駒田 旦)

「夏すずみ」の選抜作業風景。A品率が高く、選果・出荷の手間も大きく軽減された(写真:『園芸新知識』1992年3月号より)。

こうして非常にインパクトの高い結果が得られ、1991年に満を持して新品種「夏すずみ」は世に送り出されました。ほどなく全国への普及が始まり岩手、山形、宮城、福島の東北各県をはじめ、山梨、長野、岐阜、岡山など多くの夏秋産地で栽培が拡大していきます。当時の講習会では“昨日も、今日も、明日も”毎日ほぼ同じ時間に収穫ができるため、作業の計画が立てやすい、と好評でした。
若い人は安心してデートの約束ができる、中高年の方には当時流行っていたパチンコのモーニングサービスに間に合う品種と喜んでいただけたのです(笑)。

家庭菜園の定番品種に

抜群の省力性、そして「つばさ」から継承したうどんこ病・べと病への耐病性を併せもった「夏すずみ」は、それまでのキュウリ育種の方向に一石を投じるものとなり、現在は各社ともこの耐病性、省力性のコンセプトを意識したと思われる品種を多く育成しています。
その後、うどんこ病、べと病に強く、あまり農薬を使わなくてもよい、きれいな果実が取れ満足度が高い、草姿立性で枝がじわじわ発生するため、キュウリの作り方が十分にわからない人でもそれなりに栽培ができるなどの点から、「夏すずみ」は家庭菜園での中心品種となっていきます。持ち前の耐暑性とつるもちのよさを発揮し、青々と実ったきれいな果実を見ると、来年は今年よりも上手な栽培を行い、もっと多く収穫しようという意欲が出てくるのではないかと思います。一般的にキュウリの果実は品種名を冠しては売られませんが、苗や種袋には必ず品種が記載されています。家庭菜園の定番品種となった「夏すずみ」は日本でもっとも品種名が知られたキュウリかもしれません。

家庭菜園での栽培ポイント

家庭菜園での「夏すずみ」栽培では、3つのポイントをしっかりと押さえてください。まず初期草勢を確保することです。そのためには若苗定植を心掛け、元肥も少し多めに施してください。そして生育して株元から5〜6枚目の本葉が完全に展開したとき、大きさが24cm程度になっているか確認してください。小さいようなら早めの潅水、追肥を行い、馬力をもっとつけることが大切です。次に枝整理ですが、主枝から発生する子づるは下から6節くらいまでから発生するものは早めに除去します。その後10節くらいまでは1節で摘芯、それよりも上位は2節で摘芯を順次行っていきます。そこまでの枝整理は機械的に行ってください。その後残された子づるから孫づるが発生します。そこから先はあまり慌ててすべての枝を摘芯するのではなく、常に1株に3〜4本成長点があるように管理することがポイントです。収穫を開始した後は1週間に2〜3枚大きく古い葉を摘葉し、通風と採光を図ることで太い側枝が発生しやすくなります。最後に「夏すずみ」はきれいな果形をしているため、果形の乱れを見て追肥の判断を行うとタイミングが遅すぎる場合があるので、収穫が始まったら7〜10日おきに速効性の化成肥料で、一株にひと握り程度の追肥を必ず行うようにしてください。
今年の春も種苗店の店頭などで、きっと「夏すずみ」の名前を見つける機会があるでしょう。毎年栽培されている方はもちろん、初めての人も今年からぜひ「夏すずみ」を栽培して、青く美しい果実の収穫を楽しんでいただければと思います。

第三章 さらなる“作りやすさ”へ

最後に「夏すずみ」周辺のタキイのキュウリ品種をご紹介します。家庭菜園にも向いていますので、「夏すずみ」とともに、ぜひ栽培にチャレンジしてください。
「夏すずみ」に先立ってうどんこ病・べと病への耐病品種として登場した「つばさ」は、非常に馬力が強い品種で、どうしてもキュウリがうまくできないという畑では、キュウリ栽培の入門品種として現在も親しまれています。

「夏すずみ」誕生の礎を築いた「つばさ」。馬力の強さは現役品種の中でもピカイチ。

「夏すずみ」誕生の礎を築いた「つばさ」。馬力の強さは現役品種の中でもピカイチ。

「夏ばやし」は「夏すずみ」より小葉ですっきりした草姿をしており、短期多収をねらった品種です。雌花性が少し高くなっていますので早くから収量が上がります。耐暑性も高い品種ですので、上手な管理を行えば非常に多収となります。少し栽培に自信があり、多収を目指したい人におすすめの品種です。
また、5月の連休までまてない、少し前進して定植したいという方には「つや太郎」をおすすめします。

「夏すずみ」のコンパクトな草姿を、より進化させた「夏ばやし」。果実の肥大が早く、初期から多収が見込める。

「夏すずみ」のコンパクトな草姿を、より進化させた「夏ばやし」。果実の肥大が早く、初期から多収が見込める。

低温期の果形が安定する「つや太郎」。

低温期の果形が安定する「つや太郎」。

そして「VR夏すずみ」は、「夏すずみ」にウイルス耐病性を付加し、作りやすさをさらにアップさせた品種です。対象のウイルスはアブラムシによって伝播するZYMV(ズッキーニイエローモザイクウイルス)です。感染すれば、株全体がモザイク状となり、収穫は皆無となってしまうこのウイルスは、地域によっては大きな被害が出ています。このような地域では「VR夏すずみ」で、被害の回避が期待できます。

2011年に発売された「VR夏すずみ」はウイルス病への耐病性を付与し、作りやすさがさらにアップした品種。

2011年に発売された「VR夏すずみ」はウイルス病への耐病性を付与し、作りやすさがさらにアップした品種。