第7回

2.ウサギ狩り

学校生活で一生の思い出に残るのが「ウサギ狩り」です。冬季休暇の始まる前、その年を締めくくる一大イベント。社員・生徒全員参加で楽しむ本校ならではの伝統行事で、長岡研究農場時代から続いています。元々は圃場の作物を荒らす野ウサギを駆逐する意味もありました。4月以降、たくましくなり共同生活や実習で専攻生や社員、仲間たちと結束を固めた生徒たちの成長を肌で感じる機会でもあります。
ウサギ狩りがどんなものかご紹介すると、社員と本科生が勢子(せこ)、専攻生が網番となり農場周辺の狩り場(圃場周辺の山林)を午前中4カ所、午後4カ所まわり、合計8カ所でウサギを狩ります(当日のアクシデントに備え、予備候補2カ所も設定します)。
1995年から毎年山の下見に入りましたが、年々山の状況は変化し、大雨による倒木に覆われてしまった山、イノシシに荒らされた山、下草刈りが徹底されてウサギが住めない山などが増え、狩り場の設定は毎年大変です。

勢子がウサギを網へと追い込んでいく(1975年)。
勢子がウサギを網へと追い込んでいく(1975年)。

現在の狩り場は長沼研究農場から帰って2年間、自ら現場を下見し決めた場所です。
ウサギ狩りはまず、1カ月前に狩り場を偵察しウサギの生息状況を把握することから始まります。網番隊長がこの任を担い、右翼、左翼の両隊長、連絡将校役、専攻生を連れて山に入り、ウサギのふんで生息状況を把握し、網を張る場所を検討・決定し、網を張りやすくするため周辺の下草を軽く刈ります。

このとき、勢子を誘導する連絡将校は道を間違わないよう、目印のひもを要所要所へくくり付け、万全の包囲網を築き上げます。下見は数回に及び、狩り場の確認を十分行います。というのは連絡将校の不手際で、誤って網のど真ん中に勢子が誘導されることがあるからです。山の地形がよく似ているため、気を抜くと必ず道に迷います。
狩りの2週間前からは山には近づかずウサギを安心、油断させ一網打尽にします。ウサギ狩りの成否は天候に支配され、晴天で冷え込みが強く霜が降りると必ず1羽は獲れます。曇天で気温が高く、小雨が降るとウサギは消えていなくなり捕獲は望めません。平成に入り温暖化とキツネの増加により一時期は捕獲ゼロの年も続きました。最近は1羽がやっとです。生息数の急速な減少により、捕獲したウサギは最後に運動場で放され、生徒全員に見送られ巣へと帰宅します。

一羽は必ず!校長にとっても1年間の総決算でした。
一羽は必ず!校長にとっても1年間の総決算でした。

校長時代、毎年網番に同行し第1番狩り場の山頂で勢子の第一声を聞くのが楽しみでした。この第一声はこの1年間、生徒がどれだけ成長したかのバロメーターとなるからです。
右翼、左翼の「ワッショイ、ワッショイ」の声が大きく、よくそろっていれば、その年の寮生活、実習はうまくいき、専攻生のリーダーシップが十分に発揮されていたことになります。私にとって最初の狩り場の第一声が、その年1年の校長へ下された勤務評定と思い、いつも身を切られる気持ちでこの第一声を聞いたものです。第一声までのほんの少しの間は期待と同時に恐ろしい待ち時間でもありました。
その意味でもウサギ狩りは生徒・社員にとって1年間の総決算と言えるものでした。

ウサギ狩りで忘れてはならないのが昼食時皆でいただく最高においしいおむすびと粕汁です。
半日、山野を跋渉(ばっしょう)し腹が減った社員・生徒の腹を満してくれるのが、女性社員の真心こもった梅、おかか、塩昆布が入った大きなおむすびです。さらに汗をかいた体に活力をよみがえらせてくれるのが豚肉の豊富に入ったおいしい粕汁です。この昼食なくしてウサギ狩りは語れません。「腹が減っては、戦はできぬ!」の言葉がぴったりです。
今ではこの粕汁作りは生徒係りの社員が調理しますが、それぞれの個性を存分に発揮し、その味付けを毎年楽しみにしておりました。全員腹ごしらえし、午後の最難関、第8番狩り場の魔の絶壁登りに挑戦するのでした。

腹が減っては、戦はできぬ!(1975年)。
腹が減っては、戦はできぬ!(1975年)。
おむすびと粕汁が一生の思い出(1975年)。
おむすびと粕汁が一生の思い出(1975年)。

このウサギ狩りは、将来もぜひ継続してほしい本校の伝統行事です。
ちなみに私は長沼勤務を除きこの行事には皆勤で通しております。
昭和のウサギ狩りには印象的な思い出があります。
1年目、運動場の上の山で、イノシシが勢子のど真ん中へ突進し、生徒が悲鳴を上げ逃げ回るというびっくりのハプニングがありました。
2年目、石部の山で治田場長が先頭に立ち猛然とやぶに突進した際、大切なオメガの高級腕時計を紛失されたこと。指揮官として先頭に立ち、自ら突進した場長は後にも先にもこの人だけです。

入社3年目には連絡将校役に昇進、2年間務め5年目に右翼隊長(左翼は同期Nが務めた)、とんとん拍子に昇進です。この年、両隊長大いに張り切り、午後一番の狩り場で3羽同時に捕獲です。その結果6羽を捕獲し、翌日のお昼には食堂の粕汁として振る舞われました。この6羽は自慢ではありませんが、タキイギネスレコードで現在も破られていません。当時、ウサギは身近な存在で検定管理科の鉢置き場、本館前の沈砂池、4号圃場西のブロッコリー圃場などでよく姿を見かけたものです。周辺に住宅地ができ環境が激変した結果、最近は姿が見えなくなりました。
一方、平成に入り急激に増えたのがカラス、イノシシ、シカで、ゴミ捨て場と関連がありそうです。彼らにとって農場周辺は三つ星レストランといえます。今後ともお互いに悪さしないで共存共栄を続けていきたいものです。

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