第5回

夏の風景〜「夏の陣を乗り越える」

1974年当時の筆者(後列右端)と葉菜科タキイスタッフの面々。

今回は夏の風景として、年代を問わず卒業生の誰もが思い出にあげ、悲喜こもごも至る夏実習。特に私が葉菜科で体験した昭和時代の「タキイ夏の陣」を紹介しましょう。

「タキイ夏の陣」とは、8〜9月の期間に行う葉根菜科の整地・播種・定植実習を指します。因みに1970(昭和45)〜1989年に私が所属した葉菜科は、5カ所に分かれた合計5.5haの圃場をおよそ2週間余りで整地し、キャベツ、ハクサイを中心に播種・定植します。卒業生の語り草となっている「タキイ夏の陣」は、夏野菜の終わりから秋冬野菜の準備に向けて行われる緑肥栽培、圃場測量、馬ふん振り、整地、定植と続く一連の実習を言います。真夏の炎天下で行われる実習は肉体的にも精神的にも大変厳しいものですが、一層懐かしく思い出されます。

1.「夏の陣」前哨戦

緑肥のすき込み(1975年)
緑肥のすき込み(1975年)

1970年当時のタキイ研究農場は、2年前に現在の滋賀県湖南市(当時甲西町)に新設直後で、山を切り開いた造成地のため圃場はこぶし大の石ころだらけ、排水の悪かった圃場は雨が降れば膝までぬかるんで、踏み込んだ足が抜けずまともに歩くことも困難でした。このため土壌改良用の緑肥として当初、ベッチ、レンゲ、イタリアンライグラス等の種類を次々栽培しましたが、鋤き込み時にロータリーに絡まったり、収量が乏しかったり、なかなか効果が上がってきません。1977年ごろから地上部、地下部の乾物重量が多い禾本科の「ラッキーソルゴー」に切り替えました。

この播種を5月中旬に行うのですが、まず肥料散布後耕うんし、スジ切りで条間1m、長さ200mの播種溝を切りソルゴーを播種してレーキで覆土を行います。フォード4000という耕うん機で行う耕うん以外は全て手作業で行います。200mの圃場を競争で何往復もするこの人海戦術の実習は、入学して間もない生徒にとって辛いものがあります。播種が終わると「権兵衛が種まきゃ烏がほじくる」のことわざどおり、すぐに野ばとの集団が現れ、またたくまにまいたばかりのタネを食べ尽します。交代で生徒と見張り番に立ち、ハトが来襲すると一斗缶を叩いて追い払いますが、ハトは音にすぐ慣れ効果が上がりません。そんな時、偶然見つけたカラスの死骸を嚇しとして竹につるしてみると、思いのほか効果絶大であることが判明しました。ところがカラスの死骸はそうそう都合よく手に入りません。次善の策として防鳥ネットを張ることにしましたが、直管パイプの組み立てに手間が掛り過ぎました。その後も試行錯誤を重ね、最終的には忌避剤を塗し省力化に成功しました。

足首が熱いです(1984年)。
足首が熱いです(1984年)

そうこうするうちにソルゴーはスクスク育ち8月を迎えます。梅雨が明け8月上旬、草丈1.5mに生長したら出穂前に鋤き込みます。最初は鎌で手刈りしてカッターで粉砕しロータリーですき込みますが、これでは手間が掛りすぎました。後にハンマーモアーで細断し、一週間天日で乾燥後、粉末の石灰チッソを散布して鋤き込むようになり省力化を図ります。この石灰チッソ散布の際、その飛散した粉末が多くの生徒の長靴に飛び込み、汗で擦れて足首に火傷の痕が残っていました。今は機械播種、粒状石灰チッソ、大型機械の鋤き込みと格段に進歩し往年の苦労は無くなりましたが、夏の思い出として記憶に残っています。当時こうした緑肥のすき込みの開始が生徒たちにとって「夏の陣」の始まりを告げるものでした。

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