第3回

2017/02/20掲載

4.英語は習うより慣れるもの

その後、ホウレンソウの採種に関する仕事でワシントン州の種苗会社に出張したことがありました。滞在先のホテルで偶然出会ったオランダ・ベジョ社の社員から、ホウレンソウの採種で鍵となる「オール♀(雌)」育種に話が及びました。この技術は滋賀の研究農場に来場したオランダ人からも説明を聞いていたのですが、理論が難解で私は完全に行き詰まっていました。これは長年の課題を解決する千載一遇のチャンスだと熱心に聞いたのですが、私の語学力ではこれ以上理解することは無理と判断し、当日サリナスから当地に来ていた同期の初田氏(現・専務)に電話し応援を依頼、近くのレストランでオール♀育種技術を聞き出すことに成功できたのです。私が幾ら聞いても理解できなかった理論について、初田氏が理論の核心を意訳してくれた内容によると、「男でも女でも長期間牢獄に繋がれると男女とも異性を欲しがるものだと」というものでした。具体的内容は伏せますが、子孫を残すため自ら性転換(Sex Reverse)を起こし花粉を生じるというのです。すでに欧州のホウレンソウはこの理論を実践化しF1育成を実用化しているとの話を聞けたのです。目から鱗とはこのことでした。論文には「XX♀遺伝子上に補足遺伝子yyが2〜3存在し、その補足遺伝子の分析が必要」と、小難しく書かれています。しかし実際の育種技術は、北欧オランダの高緯度地域の長日条件下を上手く生かした育種法で、高緯度地域でのみ選抜可能な現場重視の育種方法だと分かりました。

後日談になりますが、私たちにオール♀の育種技術を教えてくれたこの人物は、ベジョ社の社長であったことが判明し、初田氏と二人で驚いたものです。

急遽、通訳を引き受けてくれた初田氏の単に語学力だけでない、意訳を含めた理解力に感服し感激した次第です。すっかり感心した私は、改めて初田氏に英会話の秘訣を聞いたのですが、彼からは「習うより慣れることだ」とのアドバイス。常に小型のマイクロレコーダーを携帯し会話を録音して繰り返し聞くことを進めてくれたのです。これを機に海外出張に出る際は、彼のアドバイスどおり必ずレコーダを持参し、日中録音した会話を夜に宿舎で聞き返すことを続けました。

翌年、理論を確認するためオランダの種苗会社など数社を施設見学した際も、10日余りの日程にマイクロレコーダーと小型テープ20本を持参し、ホテルに帰るやその日録音した内容を深夜まで聞き返すことを実行し続けました。そうして帰国の折、ロンドンのヒースロー空港で時間待ちをしていると、空港内でアナウンスされる英語の案内放送が突然、日本語に訳さず英語のままでスーと頭に入ってくる感覚を覚えました。英語のまま理解できていることに気づき本当に驚きました。「習うよりなれろ」と初田氏が言った通りだったと感激したものです。これを契機に北海道長沼研究農場でのホウレンソウ育種が軌道に乗ることになりました。現在も研究農場技術者はTOEIC800点以上を出すものも多く、身近に世界の最先端情報に接する武器を備えています。これからも最先端の育種につなげていただきたいと願っています。

↑研究農場にて海外の種苗関係者へ説明に立つブリーダー。
回顧録TOPへ戻る